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子供と二人っきりという彼女に、どう想いを伝えればよいのか、分からなかった話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:濱田 綾(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 

「休めるときに、休んでくださいね」
 

そんな簡単に言ってしまって良かったんだろうか。
ただの自己満足ではなかっただろうか。
どう声をかければよかったのか、何ができたのか。
今も、心に引っかかっている。
 

勤め先のクリニックに一人の女性が来られた。
お腹の調子が優れないという。
実家に帰っているときは、気持ちが楽だからか、体調は良かったと。
でも帰宅してからは、トイレに通いっぱなしに戻ってしまった。
「ストレスじゃないかと、自分でも思うんです」
少しうつむきながら彼女は言った。
それから、ぽつりぽつりと話し始めた。
「子供と二人で家にいると、やっぱり色々と考えたり、大変で。主人も不規則なんです。家にいるときは、気持ちも体調も落ち着くんですが……」
子供と二人というフレーズが彼女の口から出たとき、何だか胸がぎゅっと締め付けられるような、そんな感覚がした。
「お大事になさってくださいね」
少しのやり取りののち、そう後ろ姿を見送った。
 
 

その時、私は自分の子育ての思い出と重ねてしまっていた。
 

出産を終えて、元気に生まれてきてくれた事。
それはもう、言葉にできないほど感謝した。
でも退院して自宅に戻ると、そんな穏やかな気持ちは、目の前の大変さに消されてしまった。
泣き声から始まる生活。
何で泣いているの? お腹はすいていないはず。おむつもさっき替えた。
抱っこしてほしいのかな。眠いのかな。
そう思って、抱っこする。
少しずつウトウトしてくれて、そして、すぅっと眠りに落ちてくれる。
今のうちにご飯食べちゃおう。
ゆっくり布団におろしたその時、まるで背中のセンサーが反応するかのように、ギャーと泣き出す。
ああ、また振り出しに戻る。
小さくため息をつく。あたたかいはずのコーヒーカップは、もう、とうに冷め切っている。
いつからだろう。食事も麺は伸び切って食べられないから、片手で食べられる、おにぎりやパンばかりになっていた。
トイレもドアを開けたまま、冷や冷やしながら、さっと済ませる。
そんなことをしていると、あっという間に夕暮れになる。
物悲しいのか、夕暮れ時はよく泣く。
何時間も抱っこして、ゆらゆら揺れて。頭の片隅に夕飯のことを思いながら。
手も肩も腰も、もうパンパンで、痛いのを通り越している。
ああ、今日も私は何をしていたんだろう。気が付けば誰と、何を話しただろう。
何に笑ったんだろう。
そんなことを考えながら揺れていると、一緒に私も泣けてくる。
悲しいのか、苦しいのか。よくわからない感情。
あんなに嬉しかったはずなのに。今でも寝顔はこんなにかわいいと思うはずなのに。
なのに、この感情は何だろう。
このひどく疲れた表情は、私?
 

それでも二人きりはよくないと思って、外に出る。
同じくらいの子供のお母さんとも、友達になる。
一緒に話しているときは楽しい。でもやっぱり家に帰ると、不安になる。
みんな同じような思いを持ちながら、お母さんになっていると頭で知ったとしても。
みんな頑張っているんだと思って、力をもらったとしても。
それでも、家のドアを閉めて二人っきりになると、こんな時誰かがいてくれたらと、そう思わずにはいられなかった。
自分が望んだ日々。幸せな日々。母親には、そう簡単になれっこない。
そう頭ではわかっていても、それでも苦しい自分がいた。
理想の母親を描いて、理想の日々を描いて。
数ある情報に一喜一憂して、振り回されて。
現実との違いに落ち込んだり、涙する。
色んなことと比べて、ありのままを認められない自分がいた。
 

そんな状況の中、子供を連れて病院に行く機会があった。
その時も、ひどい顔をしていたのだろうか。
先生が、診察後に言ってくれたことがあった。
「お母さん、よく頑張っていますね。大丈夫。よーく頑張っていますよ」
大丈夫。頑張っていますよ。大丈夫。大丈夫。
その言葉がしみ込んできて泣きそうになった。
頑張ってね。ではなく、頑張っていますよ。
そうか、そのままでいいんだ。
そう思えて、嬉しかったのと安心したのを、今でも覚えている。
 

診察中の彼女を見て、ふとそんな事を思い出した。
 

診察を終え、会計を待っている彼女と、少し話したくて。
でも、何と声をかけてよいのか、言葉に詰まってしまった。
私の場合は、おかげ様で今は笑い話になっている。懐かしむことができる。
ずっとこのままじゃないよ。時間が解決してくれることもある。
でも、途中にいるときは、やっぱり苦しいことも大きい。
そして、その時間が過ぎたらとは、いつになったらだろう。そんなのはただの慰めか。
想いはあるけれど、言葉にならない。
かと言って、このまま「お大事にしてくださいね」だけで見送るのも、違うような気がして。
 

少しの世間話の後。
「あの、お節介かもしれませんが……。私も同じような、しんどい時があったんです。でも周りの人に助けてもらって、今では懐かしく思えるようにもなりました。私たちも話くらいは聞けるかもしれないから、何かあればまたいらしてください」
 

「ゆっくり出来るときなんて、ないかもしれないけれど。でも、それでも。どうか、休めるときに、休んでくださいね」
 

口から出すのがやっとだった。
なぜか分からないけれど、泣きそうになった。
「お気をつけて」
涙がこぼれない様に、いつもより少し深くお辞儀をして見送った。
 

状況もあんまり分かっていないのに、またお節介なことをしたかもしれない。
また感情移入して。単なる自己満足だったのかもしれない。
どうしたらいいか、よくわからなかったけれど。
あの時の先生のように「頑張っていますね」なんて、とても言える立場ではないけれど。
そのままでいい、大丈夫。
どうか、今の日々が懐かしいと思える日が来るように。
どうか、少しずつ体調が落ち着いていくように。
そう願わずにはいられなかった。
 
色んな背景があって、いろんな人生があって。それぞれ抱えているものもあって。
そんな瞬間を垣間見ることができるのが、クリニックという場所だと思う。
私には何が出来るんだろう。
想いを伝えるのは、どうして、こうも難しいんだろう。
人が、人の状況を変えられるなんて、おこがましいけれど。
自分は何もできないと、自分自身の小ささを認めるしかない日もあるけれど。
でも、難しいからこそ悩み、その末の言葉が、想いを載せてくれるのかもしれない。
 

誰かにとって、ここが、ふと思い出される場所であるといいな。
また、彼女に会えるといいな。
 

そんな思いで、今日も職場に立っている。

 
***

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2018-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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