今日から病棟内で「ごめんね」は禁止です
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:望月祥子(ライティング・ゼミ平日コース)
「やめろよー。いたいよー。はなせよー。いたいー」
そんな小さい子のわめき声や泣き声がもし自分の家から聞こえたら、あなたは虐待かもと思うかもしれない。
でもこの声が響き渡る場所は私の職場だ。場所はとある大学病院の病棟。私はそこで働いている看護師だ。
この叫び声の正体は5歳の男の子のA君。点滴をいれる時は病室ではなく処置室で行う。小さい子は暴れると危険なので看護師がその子をバスタオルでくるみながら医師が血管を確保する。大抵の子達は泣き喚いて暴れる。そして処置室の外からもその声は聞こえて来る。
「はい、終わりましたよー。頑張ったねー」と点滴がいれ終わってA君を右手に抱っこして、左手で点滴棒を押しながら付き添いのお母さんに伝える。お母さんは目に涙をためながら「ごめんね、ごめんね」A君にそう話しかけながら謝っていた。
私が働いている病棟は、小児も成人も入院している。点滴が終わり、廊下ですれ違う他の入院患者さんに「頑張ったね」と声をかけられながらA君は病室に戻った。
その日はカンファレンスが夕方に開催される日だった。週に1度医師、看護師、薬剤師、リハビリ、栄養士などの医療従事者が集まるカンファレンスが行われる。病状や内服薬、治療方針、リハビリの進行度合いなど話すことは次から次にでてくる。患者さんに関わっているほとんどの職員が集まる場所がカンファレンスだ。A君の治療の話になった。喘息が悪化してA君は入院してきた。点滴はまだしばらく続けたほうがいいこと、点滴の内容を内服薬に切り替える目安の時期。そして医師から質問があった。
「最近A君のお母さんやご家族はどう?疲れていない?」
私は今日の朝の点滴のことと何故かA君の母親が言ったごめんねという言葉を思い出した。
「お父さんも毎日夜に面会に来ていますし多少の疲れはあると思います。私たち看護師でサポートしていきます」
約2時間のカンファレンスが終了した。私は電車の中で朝のA君の点滴の光景の中で覚えた違和感が不明なまま家に帰った。
翌日は仕事が休みだったので結婚して子供がいる友達とファミレスに行った。3歳になった友達の子供はお子様ランチを口いっぱいに頬張っている。口のまわりがケチャップだらけだ。
少し離れたところに子供を連れた人たちが座っている。ママ友で集まってランチをしているらしい。しばらくすると離れた席の子供の1人がファミレスの廊下を走り出した。
「危ないからやめなさい。みんなの迷惑でしょ。謝りなさい」彼女はそう叫んで私たちのほうをみてすみませんという雰囲気で頭を下げた。走り回った子は少し不貞腐れながら店員さんに「ごめんなさい」と言っていた。
その光景をみて私は友達に質問した。
「ねえ、自分の子供にごめんねって言ったことある?」
友達は不思議そうな顔をしながら少し考えて
「保育園の迎えが遅くなった時は言ったことあるかな。早く迎えに行くって約束したのに残業で遅くなっちゃったから」
A君の点滴の時に覚えた違和感の正体が分かった。
今日は朝から仕事の日。今日は小児科病室が担当だった。病室にいるのは全員小さい子達。付き添いでお母さんがいる。今日の予定を伝え、髪を洗う時間や体を拭く時間を決めて調整をする。
そんな時A君が私に言った。
「ずっと、ここにいるのつまんない。なんで、おそとであそべないの?」その年の子らしい純粋な疑問だった。
「そうだよね、遊びたいよね。A君は何をして遊ぶのが好き?幼稚園ではどんな遊びをしていたの?」
それから幼稚園ではかけっこをしたり鬼ごっこをしたりしていたこと。みんなで紙飛行機をとばす約束をしていた矢先に入院になってしまったことを知った。
師長、少しお話があるのですが。そう言いながら私はあの日のA君の点滴の光景に覚えた違和感を伝えた。
「ごめんねって言うのは本来悪いことをしたり間違ってしまったりした側が使う言葉であり、点滴の時にいる医師も看護師も悪くありません。そして何よりA君は頑張っています。お母さんが謝ってしまう気持ちも分かりますがこの時悪いことをした人は誰もいないと思います」
そしてA君が教えてくれた紙飛行機の話をしたら師長からある提案があった。
今日は廊下が騒がしい。騒がしいと言っても泣き声でも喚き声でもない。病室からは成人の患者さんたちが顔をだし「がんばれー」と声援が聞こえる。
今日はちびっこ紙飛行機大会。
師長が患者さん1人1人に説明して了承を得て1時間だけ廊下を貸し切りにした。みんな本当は外で駆け回って遊びたいけれどそれはできない。紙飛行機をみんなで飛ばしてみたら? もちろん危なくないようにね。
私たち看護師スタッフはお母さんたちに内緒であることをした。A君の紙飛行機が着地した時にお母さんにひろってもらった。お母さんが少し不思議そうに紙飛行機をみる。
そこに書いてあった言葉は
「ありがとう」
そう。私たちはA君や他の子たちが言われると嬉しい言葉を聞いて紙飛行機に一緒に書いた。
他の紙飛行機には、「だいすきだよ」や「かっこいい」などの言葉がならんだ。
治療はもちろん辛い時もあります。目を伏せたくなる時もあります。でも私たち医療者はA君やお母さんがたくさん頑張っているのを知っています。
今日から病棟内で「ごめんね」は禁止です。
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