メディアグランプリ

会社に住み着く「黒い鴨」は、また飛べるだろうか?


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記事:帆足 和美(ライティング・ゼミ土曜コース)
 
 
休憩しようかと、目の前のパソコン画面から右斜め上にある壁掛け時計に視線をズラした。
 
「どうりで空腹な訳だな」
 
想定したより少しだけ時間が遅かっただけなので、あまり大きく驚くことはなかったけれど、すでに夜の11時をまわっていた。
買い置きのカップ麺に手を伸ばしかけて、やはりスープに変更した。
 
年末になると一人会社に残っている事が増える。だけど私は自転車通勤だし、終電も気にする事がない。
職場で唯一の契約社員でありながら、責任ある仕事を任せてもらえることが嬉しくて、残業は当たり前になっていた。
 
だから、それが「無給」だったにも関わらず、その時は嫌だとか間違っているとか考えもしなかった。
 
その職場は、すでに勤続10年以上というベテラン正社員の方ばかり。
ただし皆さんパソコンスキルはあまり高くなかったので、たまたま私が重要なデータ管理をする事ができたのだと思う。
 
責任ある業務をさせてもらえるという事は、一部の社員さんから妬みのような虐めも受けることがあった。
今思えば、本当に良く頑張っていたなと自分を褒めて飲みにつれて行ってやりたいぐらいだ!
 
無給残業、長時間勤務、パワハラ、虐め、のような問題が常態化している会社のことを
「ブラック企業」と呼ぶようになり、流行語大賞になったのが2014年のこと。
勤務していたその会社でもコンプライアンス研修など導入されたが、結局私は心身壊して2015年に会社を去る事になった。
 
それから数年経ち、あらゆる企業で「社員満足度を上げよう」という動きに変わってきた。
そうすると……それはそれで別の問題が起きてきた。
 
「渡らない鴨」が増殖するのだという!
 
社員満足度が上がり、居心地が良い仕事環境になる。
それは良いことなのだが……
今度は危機感がなくなり、さほど頑張らなくても給料は下がらない。ハラスメントや解雇の心配もない。
 
つまり飛ばなくてもエサがもらえる環境になるということ。
 
「ブラック企業」が減ったら今度は「ブラック社員」という黒い鴨が増殖するという皮肉を、誰が想像しただろうか!
 
実はその話を教えて頂いたのは、人材育成会社を経営されるHさんという女性社長からだった。
Hさんは中小企業の社長や役員の方にコンサルティングを行っているので、実際に黒いカモをご存知だった。
会社の制度を整えたり仕組みを創る上で、クライアントである中小企業の社長と共に悩んで来られたわけだから、苦笑いの裏に私の知らない思い出を感じた。
 
この「渡らない鴨」
実は環境問題で本当に存在し、2015年あたりには話題になっていた。
本来なら渡り鳥である鴨は、秋頃から日本に飛来して翌年の3~4月には北の方へ渡るらしい。
しかし、毎日餌をあげる人間に餌付けされ、自ら餌を捕らなくなってしまった。
さらに体重増加や栄養バランスが偏り、遠くまで飛べない鴨が発生し出したのだそう。
 
体力を使って必死にならなくても、決まった時に食べ物やお金がもらえるなら、飛ばないし働かなくなるのも当然だろう。
 
興味が沸いたので、さらに色々調べてみると……
なんと! 世界的に有名な企業は、もっと以前にその意味を社是にしていた。
 
1959年当時IBM会長だったトーマス・ワトソンは、
「ビジネスには野鴨が必要なのです。そしてIBMでは、その野鴨を飼いならそうとは決してしません」と言った。
これは、デンマークの哲学者であるセーレン・キルケゴールの書物から引用したもの。
困難にも立ち向かっていく渡り鳥の精神、つまり「野鴨の精神」こそIBMの社員に必要であると説いたという。
 
これは、敢えて苦労しなさいと言う訳ではなく、なま温かい環境に身を置く危険を伝えているのだと私は理解した。
 
野鴨の話では、毎日餌をくれていた老人が亡くなってしまい、本当なら自力で餌を探し始めないといけないのに……野生を失ってしまったために飛べなくなっていた。
そこへ雪崩が起こり、なすすべなく飲み込まれて死んでしまうという内容だ。
 
会社に増殖しつつある黒い鴨は、自らの意思ではなく自然にそうなってしまった可能性がある。
そう思うと、例えば、サボっている先輩や上司・仕事を覚えようとしない部下にも、怒りは沸かなくなるのではないだろうか。
 
変えるべきなのはエサの内容やタイミング。
エサの内容とは社員満足度を上げる制度。タイミングとは実施頻度やフィードバック。
 
ありえないほどたくさんのタブが開かれたパソコン画面を見つめながら、
やや興奮気味にHさんに電話してみた。
 
「社長、お久し振りです。以前教えて頂いた『渡らない鴨』って深いですね!」
 
ブラック社員が怠惰で悪いイメージしかなかったこと。
無給残業で虐めもあったけど、ブラック企業だから成長した部分が自分にはあったと気付いたこと。
 
珍しく言葉が溢れて止まらない私のことを、受話器越しに温かくうけとめてくださった。
何度も何度も御礼を言って、電話を切ったら……何となく心の中にあった何かが溶けた気がした。
 
ブラック企業が悪いわけでも、ブラック社員が悪いわけでもない。
 
黒い鴨が再び渡り鳥になれるように、日々頑張っているHさんの仕事がある。
エサを正しく与えようと、噛みつかれながらも試行錯誤している中小企業の社長さんがいる。
 
きっと野鴨が増えていくに違いない。
 
 
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2019-02-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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