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打たれ弱いままで、強くなるには


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:しんがき佐世(さよ)(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
バリの大富豪は言った。
 
「来るもの拒まず、去るものモンキーや」
 
フリーランスになって日が浅いころ、仕事仲間から贈られた本に彼はいた。
ある日本人がインドネシアのバリ島にいることを、知った。
 
彼は血のつながりを超えて、国内外から「アニキ」と呼ばれ慕われているそうだ。
彼を主人公にした映画『神様はバリにいる』がつくられたほどの有名人だという。
バリに多くの不動産を所有し、数十件の自宅をもち、関連会社の数は両手では足りない。
「お世話になったバリに恩返しがしたい」とインドネシア孤児の里親もひきうけ、養育する子どもは170人を越えるという
とにかく、けた違いの人らしい。
 
ある青年がアニキに会いにバリへ行き、アニキ流の人生訓を知っていくストーリーで、一気に読んでしまった。
 
「おれが丁稚奉公からスタートしたときは、地べたで飯食うてたよ。
だからテーブル1こあるだけで、ありがたいんや。そういう気持ちを忘れんことや」
 
悩みの解決やビジネスのヒントをもとめて、日本からやってくるおおぜいの日本人たちを一同に集めて夜更けまで話をきき「ハラ減ったな」と、夜中だろうが明け方だろうが、インスタントラーメンをたいらげ、地鳴りのようなゲップをするアニキ。
大阪弁で「どーん!」「バーン!といったれ」と擬音がはじける「アニキの教え」は、他者への「与える姿勢」につらぬかれていた。
豪快でいて粗野でない不思議なバランスに、聞いたことのないアニキの低い声が頭のなかへ聞こえてくるようだった。
 
本が届いて数カ月後、別の友人からメッセージが届いた。
 
「なあ、バリに行かへん?」
 
不思議なめぐりあわせで「アニキに会いにいくツアー」を主催することになったそうだ。
 
「アニキって『神様はバリにいる』の? こないだ知ったばかりで気になってたんです」
 
「そうなんや。ご縁とタイミングやなぁ」
 
それで、バリの大富豪に会いにいくことになった。
 
そのころ、仕事でいきづまりを感じて困っていた。
人と摩擦がおきると、凹んでしまうのだ。
 
フリーで仕事をはじめて、人と関わることの大切さがよりしみた。
良いサービスをつくっただけでは、お客さんはやってこない。
サービスの存在をそもそもお客さんは知らないので、買いようがない。
知ってもらうためには、自分から人に関わる必要がある。
立ち上げ期はとくにそうだ。
どんどん人に会って、どんどん動いて、サービスを提案していく。
 
売り込みと提案の違いもわからず、商いのセンスもなく、自分の苦手分野がみるみる浮きぼりになった。
なにより、コミュニケーションが下手なことが響いた。
人と話すのが苦手で、異業種交流会に参加すれば帰りは口もきけないほど疲れた。
 
「ダメでもともと」と呪文のように唱えてみても、実際ダメだとやっぱり落ち込む。
 
先輩経営者の「自営業は断られるのが仕事」というアドバイスをもとに、新しい出会いの場へ出かけては、きまずい摩擦を起こして凹んでいた。
打たれ弱い自分が、ほとほといやだった。
バリ島行きは、そんなタイミングだった。
 
案内されたアニキの豪邸は、到着したのが夜で視界がはっきりしなくても、その広さがわかった。
広間がいくつもあり、どっしりした木の階段は二階につづいていて、廊下には大きな絵画や写真や掛け軸がびっしりかかっている。
迷子になりそうなほどドアもトイレもあちらこちらにあって、部屋の数がいったいいくつあるのか、見当もつかなかった。
 
通された広間には大きな真っ白のテーブルが、どん、と置かれていた。
私たちツアー客のほかに別のツアー客などもいれて20人ほどの老若男女がテーブルを囲んで席につくと、客の希望にそって、烏龍茶やビンタンビールがふるまわれた。
 
背が高すぎもなく、低くもない、Tシャツにジーンズ姿の男性が、「どうも」とにこにこ部屋にはいってきた。
顔も体も野生動物のように引き締まっていて、夜中にインスタントラーメンを食べているようには見えない。
 
本物のアニキの声は、すべての発音に濁点がついたような低音で、床をつたって振動するくらいの迫力があった。
 
悩みや、相談ごと、ほしいアドバイス。
全国から集まった参加者から、一人ずつ質問がよせられては、アニキは次々に答えていく。
 
考えるそぶりもないアニキの返答に、ビンタンビールを持ったままの手が止まる。
気持ちいいほどの即答だった。
 
愛媛からの参加者の女性が、口を開く。
 
「アニキでも、失敗するんですか?」
 
「なにを言うてるの、当たり前やがな」
 
彼女の口が閉じきらないうちにアニキが答える。
 
「失敗ようさんしてきたから今日があんねや。ボーボー失敗しまくってきて、それでも続けたからこないなっとんねん」
 
ほっとしたような表情の彼女に、アニキが兄貴のように言った。
 
「だーいじょうぶ。失敗したことないヤツなんか魅力がないねや。はい次」
 
「あの」
 
私の隣にすわった友人が、控えめな声でたずねた。
 
「アニキは、たくさんの人と関わってきてますよね。誰かとの関係がうまくいかなかったときの気持ちって、どうしてるんですか?」
 
アニキが彼女の顔を見た。
 
「数すくなすぎ。そんなこと言うてるうちは」
 
一拍の間もおかずに、回答は返ってきた。
アニキは歯を見せずに笑い、日焼けした目尻のしわが深くなる。
 
「関わる人が少ないまま、誰かと気まずうなったら、そらしんどいわ。
百人より、千人や。千人より一万人や。
十人と気まずうなってても、百人のうちの十人と、一万人のうちの十人やったらどないや」
 
ハッとした表情の彼女のとなりで、私もアニキの言葉をど真ん中に受けた。
 
「関わる人を多くすれば、少数の人らのことで悩んでる間もないやろ。
あなたは、ほかの人たちと誠実な関係をきずいていけばいい。
あなたの元から去る者は、あなたの人生に残らんでもええ人や。安心し」
 
アニキはビンタンビールを一口あおって、励ますように言葉をかさねた。
 
「大切なものは、残るもんや」
 
でな。おれの格言おしえたる、とアニキがきゅうに真面目な顔になった。
 
「来るもの拒まず、去るものモンキーや」
 
一瞬のまのあとで、その場にいた20人がどっと笑う。
私が手にしたビンタンビールのボトルの汗もひいて、ぬるくなっていた。
この答えを聴きに、ここに来たのかもしれない。
 
アニキの大豪邸には、屋外に広いジャグジー風呂があった。
水着を借りて入らせてもらった。
いろいろ考えすぎてできた頭のガス溜まりが、あたたかな湯にほどけていく。
 
見上げるとちょうど満月で、ヤシの木の葉っぱ越しにきれいなまんまるが見えた。
 
満月の円を目でなぞりながら、てんてんてん、と点をひとつずつ打ってみる。
 
どれだけの人に会い、いくつの点をつないでいったら、あんなにまるく豊かな形を描けるだろうか。
 
バリに行くのを決めたときみたいに直感ににた何かを信じて、いろんな場所へ、いろんな人へ、会いにいく。
「はじめまして」を毎回あたらしく始める。
 
打たれ弱いままで、しなやかに強くなっていけるのをすこしだけ感じる。
 
アニキは「たくさんの人と関われ」と言った。
いろんな人に関わるほど、思うようにいかない場面は増えるだろう。
それだけ、誰かとつうじあえた時は心底うれしいだろう。
前は乾いて聞こえた「ダメでもともと」が、いまになってやっと体に染み込んでくる。
 
世界は私に都合よくできてはいない。
私の期待にそうように、人は動いていない。
だから、私から動く。
凹んだ数は、なにかに挑戦した数なんだろう。
 
いつか聞いた、何人もの先輩の経営者の方の声がする。
 
「俺なんて、断られてばっかりよ」
 
「私もけっこう、こうみえて凹むよ」
 
そう言いながらもやめない人たちはどこか、アスリートみたいな笑顔をしている。
打たれ弱さも引き受けた、締まった表情をしている。
 
ひょうたんみたいな形をした大きなジャグジーの上を、バリ島のぬるい風がわたっていく。
 
会がお開きになる前、私たちに言ったアニキの言葉が、ジャクジーのぼこぼこ音にまぎれてなお、耳に残っている。
 
「どんどん人と関わったらええ。大切なものは、残るもんや」
 
 
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2019-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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