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タバコという呪縛から解放された先にあるもの


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記事:芦野雅代(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
気が付けば、タバコをやめて7年程になる。
 
それまでは、車に乗ってはタバコを吸い、コーヒーを飲んではタバコを吸い、ご飯の後にはタバコを吸い、ビールを飲んではタバコを吸っていた。
何かをする前と後には、タバコを吸うという、正真正銘のニコチン中毒者だった。
20歳前後~36歳くらいまで。
約16年、結構なキャリアである。
 
きっかけは、末期がんに倒れた父の看病のために、東京から実家のある札幌へ戻ったタイミングだった。
父は、抗がん剤の副作用からだろうか、非常にニオイに敏感だった。
例えば、少しローズの香りのするハンドクリームを塗っただけで、「何なんだこのニオイは! 臭い!」と言われる始末。きっと私のタバコ臭にもクレームをつけられるだろう。
末期がん患者でなくとも、非喫煙者にとっての、喫煙者の口臭や体臭は耐えがたいものがある。
 
私は、父の看病をはじめたタイミングで、長きに渡る喫煙という悪癖を断ち切る決意をした。
そしてその日から、完全に非喫煙者として生きた。
 
最初はソワソワ落ち着かなかったりもしたが、がらりと環境が変わったことで、完全に非喫煙者を演じることができた。
タバコに関する所持品を全て捨て、日常生活では、可能な限り喫煙者とは関係を絶った。喫煙者がいそうな飲み会にも顔を出すのをやめた。
そしてつい先日までの自分を棚に上げ、喫煙者のことを、ニコチン中毒患者と呼び、哀れみ蔑んだ。
 
きっぱりやめたので、身体からニコチンが抜けていくのがわかるくらい、身体の変化を敏感に感じられた。
味覚や臭覚が敏感になってくるのがわかったと同時に、自分の持ち物の蓄積臭が気になった。昨シーズン着ていた秋物の服や冬物のコートなど、洗濯をしてしまっておいたはずの衣類にも古いタバコのにおいが染みついていたのだ。
他人のタバコ臭にも嫌悪感を抱くようになり、喫煙者の男性にも近寄らないようにした。
 
禁煙に踏み切ったタイミングは、その当時の時代も追い風となった。
空前の禁煙ブームが起こったころで、街中からは喫煙所がどんどん減っていき、駅や病院など公共の場所ではほとんどが禁煙になっていた。
たまに禁断症状に見舞われることもあったが、そこは気合で乗り切った。
 
父の看病をさせてもらったおかげで、私は完全にタバコの呪縛から解放された。
 
そう、私にとってタバコとは、呪縛だったのだ。
又はニコチンによるマインドコントロールか、そうでないと説明ができないくらい、今思うと習慣的に苦しめられていた。
 
時間とお金と健康を奪われ、部屋の内装と肺と歯、髪などあらゆるものを汚され、気力も体力も集中力も低下していることに気が付かず、喫煙時に一瞬満たされたような気になっていただけであった。
それは、空腹を満たすものでも、寂しさを紛らすものでもなく、抱き合わせで常用したミントのタブレットは味覚の麻痺を加速させた。
肌の色はくすみ、下痢と便秘を繰り返し、歯茎の色が悪かった。
 
ただ、怖ろしいことに、ニコチン中毒だった当時はそれに気が付けないのだ。
 
その後、父は看病の甲斐虚しく、闘病期間は約一年で他界してしまったが、私は東京には戻らず、そのまま実家のある札幌で暮らすという選択をした。
 
当時、勤めていたガーデンデザインの会社では造園業界という職業柄、関係者の90%以上が喫煙者だった。現場で出会う職人さんの中には稀にタバコを吸わないオジサンもいたが、そういう人は過去に大きな病気をして吸えなくなった等の事情を抱えている人で、健康な人はほぼ喫煙者。
 
そんな業界でデザイナーをしていたものだから、しょっちゅう職人さんにからかわれる。
「彼氏いないなら、○○と付き合っちゃいなよ!」
なんの悪気もなく、それがセクハラとも思わず、軽く言われる。
「大丈夫です! 喫煙者と付き合うつもりないんで!」と、空気も読まずきっぱり断ると、現場のみなさんがドン引きする。
「そんなこと言ってたら、お前みたいな女、一生彼氏なんてできないぞ!」などと言われたことだってある。
全く、大きなお世話である。
 
ただ、そう公言し続けた結果、何が起こったかというと……
 
ある時、出入りの職人さんが一人、タバコをやめたのだ。
その彼は、のちに夫となる人である。
 
後から聞いてみると、「タバコを止めたら、付き合ってくれるって言った」と。
そんなことは言ったつもりはないが、はっきり記憶しているのは、例外なく喫煙者と付き合うつもりはないと公言したこと。
そのことの裏を返して、非喫煙者となら付き合う! という、拡大解釈がなされたのかと思うと、誤解を招いてしまった部分もあると反省するが、彼の立場を考えると、そのキャリアは20年超えで、周りの人はほぼ喫煙者。
よくもまぁその状況で禁煙したなと、感心する。
 
ニコチンの呪縛から解放されて、健康的な心身を手にした今、当時のことを振り返ると、タバコを手放したことで過去には得られなかった、幸せに満ちた多くのものに囲まれていることに気づく。
 
その中でも一番は、40歳で子どもが産めたこと。
そして、42歳の現在は、第二子が元気にお腹を蹴飛ばしているのである。
 
あぁ、あの時、タバコをやめて本当に良かった。
 
 
 
 
***
 
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2019-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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