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まさか六本木で足軽になるとは


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:綾乃(ライティング・ゼミ平日コース)
 
先日、大都会・六本木で、私は足軽になりました。
ことの顛末はこうです。
 
「バスキア展」を、六本木の森アーツセンターギャラリーに見に行った時のことです。
会期終了が近かったため、朝から大勢の人で混雑していました。
 
あいさつ文の前、大きな作品の前、小さなスケッチの前……。いたるところで人だかりができています。
あまつさえ、写真撮影が可能であることを知らせるマークがついている作品もあります。
 
ZOZO前社長の前澤友作氏が約123億円で落札した大作にもマークがありました。
人びとは争うように、いいポジションに立ち、一心不乱にスマホを向けています。
人が流れそうにありません。鑑賞するのに時間がかかることが予想されました。
 
私も群衆の後ろにしずしずとつき、順番を待ちました。
目の前では背が高い人たちが私の視界を遮ります。そのせいおかげで、前の様子はまったくわかりません。
一体、いつになったら最前列に行けるのだろうと不安になりながら、じっと耐えました。
 
ところが、意外に早く、自分の番がまわってきました。
目の前にあった人影はわらわらと一気にはけて、一番前で、大作を撮影することが出来たのです。
 
黒とスカイブルーのコントラストが、照明を落とした会場の中でも、ひときわ鮮やかに目を打つ、素晴らしいアート作品です。
大興奮でシャッターボタンを押しまくりました。
 
展示はまだまだ続き、人は前にも後ろにもぞろぞろいます。
次に現れた大きな絵も、写真が撮れるようです。
3重くらいに膨れた人の群れの背後に、またおとなしく並びます。
 
しかしここでも人垣はすぐに薄れ、見た目よりも早く、先頭で作品と向き合えます。
 
なぜでしょうか。
写真をさっさと撮って脇によけた私は、他の作品の前でスマホを必死に掲げる人だかりを観察してみました。
 
すると、人びとは写真を撮り終えると、すぐに絵の前から立ち去ります。それから、別の絵を撮影するために、再び群衆の背後に紛れ込みます。
 
せっかく作品のど真ん前に来ることができたのに、鑑賞もそこそこで、写真だけ撮って、次の絵に移っているのです。
何とも、もったいないではありませんか。
 
あげくに、後ろの人に場所を譲る時に、「どうもお待たせしました」というふうに腰をかがめて、そそくさと移動しています。
まるで、作品をじっくり鑑賞するのがよくないことであると言わんばかりに、です。
 
それに気づいた私も、いざ、最前列に立ち写真を撮ると、促されるように、脇によけます。
本当は、もっとじっくり作品を見たいのですが、撮影を終えると、背後の人がにじり寄って来て、どかざるを得ないのです。
「俺の後ろに立つな」
とゴルゴ13みたいに言い放ちたいところですが、小心者の私には、とてもそんな真似はできません。
 
並んでは、順を待つ。
最前列に立ち、撮影をする。
撮影を終えるとすぐに、また最後尾につく。
 
その繰り返しです。
 
これって、何かに似ている……。
 
そう考えた時に、どこからともなく、ほら貝の音が聞こえてきました。
そう、これは戦国時代の足軽鉄砲隊にそっくりなのです。
 
長篠の戦いの時に、織田信長が用いたと言われる鉄砲3段撃ち。
1000人の足軽鉄砲隊を横に並べて、その後ろにも同人数を配置します。
さらにその後ろにも1000人の撃ち手を並べます。
 
一列目の人たちは鉄砲を撃つと、すぐに最後尾につきます。
次に二列目の人たちが前に出て、射撃します。
その人たちが退くと、今度は後ろの列が前に出て撃ちます。
 
間断なく射撃ができる、画期的なシステムです。
 
最前列の人が撮影をすると、すぐに別の作品の最後尾にきます。
すると、次の列の人たちが前に出て、撮影をします。
その人たちが退き、今度は後ろの列の人たちが前に出て、撮影をして……。
 
目の前にあるのは、色とりどりのバスキア作品であり、武田勝頼率いる騎馬軍団ではありません。
そして順番を待つ私たちも、足軽鉄砲隊などではなく、ただの鑑賞者です。
 
けれども、まるで武将の命令を受けて、粛々と動く駒のようです。
 
私はアート鑑賞をするどころか、ただの足軽になっていました。
 
ルーブル美術館など、写真撮影ができる美術館は欧米では当たり前で、最近は日本でも増えています。
例えば、上野の国立西洋美術館では、常設展示に限り写真撮影がOKです(フラッシュや三脚等の使用は禁止です)。
「フランダースの犬」でおなじみのルーベンスや、モネの「睡蓮」も撮り放題です。
 
ですから、美術展での写真撮影自体は、悪いことではありません。
 
それに、展示の主催者も善意で撮影を許してくれているのであって、私たち鑑賞者を足軽にするために、写真を撮らせているとは、考えられません。
 
それはわかっています。
 
ただ、機械的に並び、待ち、夢中で写真をスマホにおさめ、退いている人たちを見ていると、アート作品を前にして、感動しているようには、あまり見えません。
 
それでも、彼らは立ち去る時、とても嬉しそうです。
写真を撮ることに、たいそう満足しているようです。
 
彼らは撮影して、スマホに記録を残します。
記録は何度でも呼び出すことが可能です。
それにより、感動した気持ちを再現したり、他人と一緒に共感したりするのでしょう。
 
それはそれで、楽しいと思います。
 
けれども記録の再現は、対象を目の前にした時の感動とは、大きさが格段に違う、小さくてぼんやりとした感動のように私には思えます。
 
撮影に惑わされずに、作品鑑賞に集中したい。
たとえ、後ろの人に邪魔者扱いされても。
 
これが正直な希望です。
同じように考えている方も、いらっしゃると思います。
 
ですから、他人の目を気にせず、堂々と自分のペースで作品を鑑賞しましょう!
 
と、声高らかに主張すると、本当は格好いいのでしょう。
しかしながら。
 
会場にいたあの大勢の人間が、皆、私のように、じっくりと鑑賞を始めたら、何時間かけても、すべての絵を見終えることはできません。
 
そう考えると、誰かが足軽となり、機械的に撮影してさっさとどいてくれないと、世界がまわらない……。
 
そこまでは言いませんが、そんなケチくさいことを、ついつい考えてしまう狭量な私でした。
 
 
 
 
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2019-12-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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