クール宅急便で送る熱い中身
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記事:神保あゆ(ライティング・ゼミ平日コース)
「オレが痩せたのも、気づいてないんやろ!」
単身赴任中の夫が週末に帰宅したとき、激高して私に言った。
気づいていたよ。
声をかけなかっただけで。
なんとなく、面倒なことの気がして、痩せたことに触れなかったのだ。
私にはそういう悪い癖がある。
「臭いものに蓋をする」ではないが、夫が痩せたのは夫の問題で、私は関係ないでしょ? くらいに考えていた。
夫の単身赴任先の住まいは、キッチンが改装中で使えなかったのだ。
それでも、大人だし、食事くらいどうにかしているだろうと、私は夫をほったらかしにしていたのだ。
私が解決すべき問題じゃない。
週末に夫が帰宅しても、私は私で予定もたくさんあるので、夫との時間をわざわざ作ろうともしなかった。
私は忙しいのだ。
思い返せば単身赴任する随分前から、私は夫の休日にも仕事を入れ、自由奔放にしていた。
いつからか、夫との会話も業務連絡のようになり、一緒に暮らしているのに、他人のようにふるまっていた。
ただの同居人のようにしていた。
仕事も家事もしているんだから、私に非はないはずよね?
会話はなくてもやることやってるんだから、文句ないよね?
そんな冷たい時代が数年続いた。
当時は「冷たいことになっている」とは思ってもいなかったけれど。
家庭の中で、協力し合う、支え合う、という精神が私には欠落しており、同じ家の中に住んでいるのに、それぞれ別々に立っている状態だった。
でもそれが、普通になってしまっていた。
夫が休日に一人で出かけても、どこに行くのかも聞かなかったし、何時に帰るのかも聞かなかった。
夫は、たぶん寂しかったと思う。
自分に興味のない人間と一緒に暮らしているのが。
私もたぶん、寂しかったんだと思う。
殺伐としていて、寂しいという感情すら封印してきたけれど、二人の関係はだいぶこじれていた。
そんな中、夫が単身赴任することになり、正直「家事が少し楽になる」と思ってしまった。
慣れない土地で新生活を始めながら仕事に慣れていかねばならぬ夫の気持ちを、全然思いやれていなかったし、「思いやり」の発想がそもそもなかった。
そして冒頭の言葉
「オレが痩せたのも、気づいてないんやろ!」
をくらってしまった。
改めて考えると、自分のことが酷い女に感じ始めた。
そして、取り返すなら「今」しかないと思い、崩れかけていた夫婦関係を再構築し始めた。
「もし今、夫が死んでしまったら。私はどう思う?」
と自分に問うと
「とても寂しい」
という感情が溢れてきた。
今すぐ、やり直そうと思った。
まず最初にしたことが
「食事の用意」
である。
1週間分のお昼ご飯と晩ご飯を作り、タッパーに詰めて、クール宅急便で送った。
タッパーの数は20個ほどになる。
ご飯は白ご飯だけでは飽きるだろうと、炊き込みご飯やチャーハン、オムライスなど。
おかずはメインのタンパク質源と副食のおかずを品数豊富に。
生野菜は摂りづらいだろうと、サラダも作った。
20個のタッパーをおかずでいっぱいにするのは、一日仕事である。
朝から作り始めて、夕方に発送するのである。
家族で同じものを食べるというのは、大切であることに気づいた。
同じものを食べることで、離れていても体調管理ができる。
離れて住むと、食事のサポートなんてできるわけがない。
そう決め込んでいたけれど、それは思い込みであることに気づけた。
そして、食事を送ることで夫が喜んでくれた。
「今から食事をいただきます。今夜は送ってくれた肉じゃがを温めて食べます」
などと、LINEがくるようになった。
しかも、写真付きだ。
距離的には離れて暮らしているけれど、心の距離は随分と近くなった。
食事の力は絶大だ。
心の平穏も得られる。
食事をタッパーに詰めて送るようになってから、夫の心も以前より格段に落ち着いてきた。
そして、私の心も落ち着くのだ。
食事を作ることで、安心するのである。
単身赴任は、一見大変なできごとだけれど、これは神様が私たち夫婦にくださったチャンスであった。
「距離は離れるけれど、心を近づけるチャンス」
であった。
チャンスはチャンスの顔をして現れない。
チャンスとして意味づけることで初めてチャンスとなり得るのだ。
今日も一日中キッチンにこもり、タッパー20個分のおかずを作り、クール宅急便で送った。
クール宅急便の中身は、温かい愛の溢れる食事だ。
クールだけれど熱いんだよ。
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