僕は魚を売らない魚屋さん
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:近藤 泰志(ライティングゼミ平日コース)
「何か商売をやられていたようですね」
「商売ですか?」
「……お魚屋さん。うん、江戸時代のお魚屋さんですね」
「魚屋さんですか。また京都で……ですか?」
「はい、また京都です。」
ここは京都、蛸薬師通りのとある雑居ビルの5階。僕は前世占いで有名なMさんに2度目の前世占いをしてもらっている。
前回鑑定をして頂いた時、Mさんは僕の前世は戦国時代に戦があると駆り出されていた京都在住の農民だったと教えてくれた。その時代の僕……というか僕の前世はたくさん出陣をしてトータルで300人の敵を殺したのだそうだ。
あまりの数の多さにショックを受けている僕にMさんは優しくこう語りかけてくれた。
「だって戦ですよ。テレビゲームじゃないんです。戦争なんです。泰志さんが殺さないと相手に殺されちゃうんです。泰志さんが殺されたらご家族はどうなりますか? だから仕方がなかったんですよ。自分が生き延びるために心で泣きながら相手を殺してきたんです」
……それから2か月後、僕は前回のお礼も兼ねて初夏の京都にもう一度Mさんを訪ねた。
Mさんは前回と同じように柔和な笑顔で僕を出迎えてくれた。
「Mさん、前回はどうもありがとうございました」
「どういたしまして。実は前回、泰志さんにお伝え出来なかったことがまだあるんです」
「え? 前世でまだ何かしていましたか?」
「いいえ。前回、泰志さんの前世は戦国時代の農民だとお話しましたよね。実はその後にもう一度生まれ変わっているんです」
「輪廻転生……ですか?」
「そうです。前世というのは何度も生まれ変わって今の自分にたどり着いているんです」
「つまり、その……戦国時代の農民→謎の人物→僕……ということですか?」
「はい、その通りです。今日はその謎の人物についてお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい、是非お願いします」
「では、本日もよろしくお願いたします」
その後、Mさんと冒頭のような会話をした。僕のもう一つの前世は江戸時代の京都の魚屋さんだった。今度こそ希望していた幕末の志士か、新選組の隊士とおもっていたのだが僕の望みは儚く散ってしまった。少しがっかりしている僕にMさんは笑いながら詳細を話してくれた。
「このお魚屋さんね、とっても変わった人だったんですよ」
「え? 変わり者の魚屋ですか?」
「はい、とーっても。もう私可笑しくなってしまって」
そう言うとMさんはクスクスと笑い始めた。いったい前世の僕は何をしたのだろうか。僕はMさんに前世の僕の変人ぶりについて尋ねてみた。
「泰志さんはね、目利きのすごい評判のお魚屋さんなのにお魚を売らないんです」
「え? 魚を売らないんですか? もしかして一人で全部食べちゃったんですか?」
「いえいえ、泰志さんは売り物のお魚をあげてしまうんですよ」
「えーっ、あげちゃうんですか。無料で?」
「はい。泰志さんは貧しい人たちや孤児たちに売り物のお魚をあげちゃうんです。当時はまだ貧富の差が激しく貧しい人や、孤児も多かったようですね」
……素晴らしい。前世の僕はなんてナイスでファンタスティックな男なんだ。
もし今タイムマシンがあったら、その場に行って魚を配る手伝をしいたいぐらいだ。『魚を売らない魚屋さん』……さすがは前世の僕だ。いつの時代も僕はやるときはやる男なのだ。
僕は心の中で前世の自分の行いを自画自賛していたが、ふと一つの疑問が頭をよぎった。
「Mさん、前世の僕は人助けをしていたんですよね。僕は良いことしていたのになぜ可笑しかったのですか?」
「だって泰志さんが無料でお魚を配ってしまうと、お魚屋さんはどうなると思いますか? 繁盛します?」
「あ……」
「ですよね。売り物のお魚を無料であげていたら儲からないですよね。当時の泰志さんには奥さんと娘さんがいたんですが、『うちのお父はんはどうしてあないにお人好しなんやろか』と二人して文句を言いつつも泰志さんのしていることを優しく見守りながら内職をして家計を支えてくれていたんです。その様子がとても可笑しくて」
「うーん、確かに優しいけど変わり者ですね。商売したらダメな人だ」
「そうですね。でもね、ここからが大切なんです。これから泰志さんが京都で出逢う人たちは、前世でお魚をあげた人たちの子孫かもしれないんです。みなさん前世で泰志さんから受けた御恩を現世で返そうとしてくれると思います。ですから京都での出逢いを大切にしてくださいね」
「ありがとうございます。あっ、もしかしたらMさんにもお魚……あげていたかもしれませんね」
「はい、そうかもしれませんね」
「Mさん、僕は9月から京都で暮らすことになりました」
「やっぱり……泰志さんはきっと京都に戻ってくると思っていました」
Mさんはそう言ってほほ笑んだ。
僕はこれからの京都でのまだ見ぬ出逢いに思いを馳せた。
僕の京都暮らしがもうすぐはじまろうとしていた。
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