無愛想な「借りてきた猫」が教えてくれたこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:織巴まどか(ライティング・ゼミ平日コース)
「やさしそうな旦那さんだね」
夫を友人や仕事仲間に紹介したとき、8割くらいの確率で、相手が述べる感想はこれだ。
人によってはそこに、穏やかそうで、とか、誠実そうで、とか、落ち着いていて、などの言葉が加わる。
それから、半分くらいの確率で、相手はこう付け足す。
「でもさ、……私なんか怖がられてたりする?」
「もしかして、旦那さん不機嫌だった?」
「だって、あの」
「一言も会話してもらえなかったし」
「目も合わせてもらえなかったんだけど……」
そのたびに、私はまず「あはは」と笑ってごまかす。
3歳年下。元職場の同僚。職業、プログラマ。
これが今年結婚して9年目になる、夫のステータス。
結婚した当初、不満というほどではないのだけれど、気になっていることはあった。
それは友人や仕事仲間たちの、まったくもってご指摘の通りだ。
「このひと、びっくりするほど、初対面や慣れない人とのコミュニケーションが苦手だ……!」
別に、年中無口で無愛想というわけでないことは、よく知っている。
家で一緒にいると、けっこうひょうきんで、よく笑うし、よく喋る。
けれども、あまり知らない人を前にしたり、社交の場であったりと、つまりは彼の「アウェイ」にあるとき、夫は潔いほどに自分から言葉を発さない。場に馴染もうとする努力もしない。極力気配を消して、ひたすら静かーにしている。ように見える。
「借りてきた猫」という言葉がこんなにぴったりくるひとを他に知らない。
当の本人は、
「だって、俺、コミュ障だもん」
と、自虐的な開き直りすらしている。「そんなことないよ」というフォローが、残念ながら私にはできない。
最初はそれが心配だったし、正直に言うと、もうちょっと、なんとかならんものなのか、と思っていた。
そんなんで、仕事大丈夫なの? そりゃ、あなたは営業職ではないけれど、上司やお客さんとの付き合いとか、その態度で怒られたりしない? せっかくあなたは優秀なのに、その性格のせいで損したりしてない? 私の友だちにも母にもこれじゃあなたの良さが伝わらないよ? ねえ、もうちょっと社交的になるよう努力してみたら? なんかもうちょっと適当な会話でつなげるとかできない? せめて、もうちょっと笑顔で愛想よくするとかさ!!
どこまでを、直接口に出したかは記憶が定かでない。ただ大変失礼ながら、まあそんなかんじのことを何かにつけて思っていた。
あるとき、夫と二人で、ダイビングのライセンスを取得するため、ダイビングスクールのコースを受講した。夫は特にダイビングに興味があったわけではないのだけれど、私が「一緒にとりたい!」とお願いしたのだ。学科を終え、海洋実習は、一泊二日の合宿スタイルだった。
案の定、夫は実習中、やたらとノリの良い講師とも、気さくな他の受講生たちとも、ほとんど目も合わさず、実習に必要な会話以外、言葉を発することもほぼなかった。いつもの「借りてきた猫」状態だ。
他のメンバーが進んで世間話や雑談で盛り上がる中、当然そこに加わろうとする気配はなく、私は内心はらはらした。このいわゆる「パリピ」な雰囲気の中、明らかに浮いてしまっているのではないか。ノリの悪さに気を悪くする人がいたらどうしよう……。と、必死で、せめて自分だけは愛想良くしていよう、と思った。
(あれ?)
ところが、実習が進むにつれ、私は不思議な感覚を覚えた。
そしてそれは、海沿いのアットホームな旅館で、衝撃的に美味しい魚料理の数々を囲みながら、夕飯という名の宴会がはじまったころに、確信へと変わった。
なぜか、夫が輪の中心で盛り上がっている。
もちろん、夫は相変わらず言葉少なに、「はあ、」とか、「そうですね、」とか、「ええ、まあ、」とかしか、喋っていない。
でも、なぜか、彼が会話の中心にいる。
「借りてきた猫」のはずの夫が。
まるで、人気者みたいになっている。
なんだこの現象は??
実習中から感じていた不思議な感覚は、どうやらこれだ。
よくよく観察してみると、夫は、やたらとノリの良い講師や、気さくな他の受講生たちに、良い意味で、絡まれまくっていた。良い意味で、いじられまくっていた。
そして、「面白いやつだなー!」とか、「いいキャラしてるねー!」と、もてはやされている。
夫は、そんな風に褒められても、特に調子を変えず、のんびりと最小限の相づちを打つだけ。
私は呆気にとられて、皆の輪の中で少し楽しそうに、でもやっぱりなんだか居心地悪そうにしている夫の様子を、眺めていた。
夫に抱いていた印象が、大きく変わった夜だった。
それから、月日が流れ、共に過ごす時間が長くなっていく中で、ようやく私にも、わかりはじめた。
夫は、社交辞令をほとんど言わない。余計な愛想を振りまかない。
だから、人から信頼される。
たしかに人付き合いにおいて、かなり不器用だけれど。
でも、決して適当に誤魔化したり、思ってもないことをへらへらと口に出したり、自分の保身のためだけに、相手を持ち上げたりしない。
ああ、彼は、私みたいに、そういうことをしないんだ、と。
やっとわかったとき、私は心底自分を恥じた。
本当は私も、ずっと人付き合いが苦手で。今だって苦手で。
夫と同じタイプの人間で、コミュニケーションが下手だという自覚があったから。
だから私は、いつも人の顔色を伺うようになってしまった。
できる限り、にこにこ愛想良くして。上手いこと人に気に入られるように。
なんて小さくて、情けない人間だろう、私は。
適当な会話をして、適当な相づちを打って、適当に笑っているうちに、
ちゃんと自分の本音で人と向き合うということを忘れていたかもしれない。
恐ろしいほど無愛想で、コミュニケーションが下手くそで。
すぐに「借りてきた猫」になってしまう夫が、
私に教えてくれたこと。
人にも、自分にも、正直であること。
そんな気付きがあってから、
私は人に気を遣うということを、意識的にやめた。
「いい人」に見られようとすることをやめた。
場の雰囲気を取り繕おうと必死になることをやめた。
まだ100%できてはいないけれど、
楽しいときは楽しそうにし、楽しくないときはちゃんと楽しくなさそうにするようにしている。
極力、「自分の本音」に誠実であろうと心がけている。
そういった態度をとることで、時には誤解されたり、損をしたり、するかもしれない。
でも、夫を見ていると、わかる。
夫は、本当に必要な人間関係は、ちゃんと構築しているのだ。
仕事の上司にもなんだかんだ気に入られ評価され、定期的に泊まりで遊び明かすような仲間たちがおり、なにより、妻や娘という家族だってしっかり得ているではないか。
彼には実績がある。
そう、人前では借りてきた猫のようだと思っていた夫は、本当は究極の「自然体のひと」だったのだ。
自然体だから、人に安心感を与え、好かれるし、信頼される。
「一言も会話してもらえなかったし」
「目も合わせてもらえなかったんだけど……」
そんな風に言っていた私の友人たちも、彼と顔を合わせる機会が増えていくたびに、
「ちょっと私のこと嫌いなんですか? 逃げないでくださいよ!」
「こっちきて、もっとお話しましょうよー!」
と、遠慮なく、楽しそうに、夫いじりをはじめるのだ。
あなたにはかなわないな、とつくづく思う。
夫よ、いつもありがとう。
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