捨て犬マリちゃんが教えてくれたこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:河合弥生(ライティング・ゼミ特講)
「マリちゃん、うちにきてくれて本当にありがとう」
これが私が最期にマリちゃんに伝えた言葉だった。
捨て犬だったマリちゃんは、正確な年齢もわからない。うちにきたときはすでに大人の犬で、目も白内障で白くなっていた灰色のトイプードルだった。
うちのお客さんが「道端に繋がれて、放置されている犬がいるのよ。どうしよう?」と電話をしてきたのはまだ肌寒4月のことだった。すぐに警察に連絡し、2週間飼い主を探してもらったが、飼い主はでてこなかった。このままだとこの犬は保健所に連れて行かれて殺処分されてしまうかもしれない。お客さんと相談し、一旦、うちで預かることになった。
この灰色のトイプードルは、毛をトラ刈りにされたガリガリの女の子だった。皮膚も悪いらしく、体臭がキツくて肌の色も悪い。正直、預かったことを後悔した。
そのような事情を知った、トリミングサロンに勤務しているお客さんが割引価格で皮膚のケアをしてくれた。芦屋の高級トリミングサロンの皮膚ケアはすごい。体臭はなくなり、フワフワの毛になったのだ。
その頃から、私はその子のことをマリちゃんと呼ぶようになった。
なぜマリちゃんなのかわからない。でも、その子の顔を見ているとマリちゃんという気がしたのだ。夫もお客さんも、みんながマリちゃんと呼ぶようになった。マリちゃんもその名前が気に入ったらしく、呼ぶとトコトコやってくる。そして、蝉の声がうるさくなってきた頃、そのままマリちゃんはうちの子になった。
うちの子になったマリちゃんは、夜はちゃっかり夫のベッドで寝るようになった。ご飯も好き嫌いなくなんでもよく食べる。最初はあまり歩けなかったけど、だんだんと筋肉がついてしっかり歩けるようになった。車に乗るのが苦手で、キューキュー鳴いていたけれど、そのうちに鳴かずに一緒にお出かけできるようになった。
うちの子になってからは、芦屋の高級トリミングサロンではなく、近所の庶民価格のトリミングサロンに行っていた。それでも食事とお散歩のおかげなのか、親バカなのか? どんどん可愛くなっていった。最初に連絡してきたお客さんも「同じ犬だと思えないわ」とびっくりしていた。
うちはペットホテルをやっている。うちの犬になったからにはタダ飯を食べるのではなく、お仕事をしてもらわなければならない。マリちゃんは泊まりにきた犬達に挨拶をし、優しく、時には厳しくうちのルールを教える係となった。
大人しく、可愛いマリちゃんは、飼い主さんにも人気で「マリちゃん、うちの子をよろしくね」と声をかけてもらうようになった。
しっかり看板犬の役目を果たしてくれていたマリちゃんだが、うちにきて6年目になった頃から衰えが見え始めた。散歩もそんなに歩かなくなり、ほとんど1日中寝ていることが多くなった。
あるとき、口元にデキモノができて出血してきたので動物病院で診てもらうと悪性腫瘍であることがわかった。なんとなくそんな予感はしていたが、マリちゃんと一緒にいる時間はもうあまりない。とても悲しい気持ちだったけれど、マリちゃんにできるだけのことをしようと夫婦で決めた。
いつどうなるかわからないので、スタッフにも協力してもらい、みんなでマリちゃんを介護した。ご飯を食べさせて、トイレをさせる。身体も汚れやすいので、毎日のようにお尻を洗ってあげる必要があった。
そんな日々が三カ月続いた頃、とうとうお別れの時がきてしまった。マリちゃんは仕事にいく夫を見送ったあとに大きく息を吸って旅立っていった。
マリちゃんが亡くなったことを知ったお客さん達からびっくりするくらいたくさんのお花が届いた。私が死んでも、きっとこんなにお花をもらえないだろう。そのくらいマリちゃんはみんなに愛された犬だった。
道端に捨てられ、トラ刈りだったマリちゃんが、たくましく立派に生きる姿を命がけで見せてくれた。マリちゃんが他の犬を注意するときのタイミングは絶妙で、小さなマリちゃんがうちでは大きな存在だった。
マリさちゃんが私に経験させてくれたことは、必ず仕事で役立つだろう。
マリちゃん、うちにきてくれて本当にありがとう。一緒に過ごした7年間は決して忘れないよ。また来世で会おうね。
そして、今、我が家には飼育放棄されたピットブルの女の子がいる。
マリちゃんが教えてくれたことを胸に、この子との生活をまた楽しんでいこうと思っている。
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