女装の世界、そしてその先で見たものは
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:石野敬祐(ライティング・ゼミ平日コース)
女装というと、皆さんはどういうことをイメージするだろうか。テレビを見ると、マツコ・デラックスなど女装タレントも、当たり前のように見るようになっている。テレビを離れるとどうだろうか。自分に近いところではどうだろうか。強いて言えばハロウィンであったり、何かの宴会の出し物だったり、仮装の一部をイメージする方が多いかもしれない。僕もそんな感じだった。
僕が女装の世界の扉を開いたのは何気ないノリだった。かわいがってもらっている先輩から連絡がきた。
「来週の土曜、空いてる?」
彼のチョイスはいつもハズレがなかった。ご飯のおいしいお店、面白い場所。当日の楽しみのため細かく中身を聞くこともなく、彼のお誘いに乗った。
指定された日の17時。待ち合わせの駅で電車を降り、改札口に向かう。改札の向こうに茶髪ロング、スカートを履いた先輩がいた。化粧もしていた。挨拶も忘れ、どういうことですかと聞いた。戸惑いの気持ちしかなかった。
目立てのお店に向かいながら、説明を聞く。今から行くのは「女装スナック」であるとのこと。細く少し急な階段を上った2Fにそのお店はあった。
お店の扉を開いた。ぱっとみた感じは普通のスナックだ。薄暗い中カウンターがあり、カウンターの向こうに、ウィスキーなどのボトルが並んでいる。ただ、ママが女装した男性であり、女装用の服が壁にずらっとかけられていて、お客さんにも女装した人(と思われる)人が含まれているだけだ。ダンディなおじさまもいたし、意外にも若い女性もいた。
僕も最初は普通のスナックとして、お酒を飲み、他の人とお話しした。そして1時間ぐらい経った頃だっただろうか。ママに促され、仮装ではない「本気の女装」に挑戦することにした。赤いワンピース、茶髪ショートのカツラ、ミュールを貸してもらい、それをもって店の一角レールカーテンに囲まれた場所へ。そこに化粧台があり、化粧をしてもらった。「はい、後は着替えて。これも履くと気分が変わるわよ」と下着まで差し出された。
着替え終わりカーテンを開けた。「かわいいじゃない」とママはじめ他の人に褒められた。悪い気がしなかった。女装した状態で他の人と話しているときの普段と違う感覚が面白くなった。ワンピースや女性ものの下着となれない格好でスースーする下半身もあるが、こんな格好をするだけで、確かに女性っぽく振舞おう、考えようという気持ちになってしまうのだ。いつもの男である自分とは違うように感じられた。なぜか楽しくなってきた。
その後このお店に通うようになった。自分でもドンキでカツラを買い、g.u.で女性ものの服を買い、ダイソーで安い化粧品を買った。続けるうちに、僕は体も心も男性であるようだと確認できた。そして女装自体に興味がないが、女装する人たちの周りの人間模様が面白いからだと気付き始めた。自分でやってみる化粧、特にアイライナーはいつまでたってもうまく引けなかった。
本当に、この店で話をすればするほど面白かった。よく言われる体の性と心の性の掛け算だけで語り切れない世界だった。夜だけ女装する人もいれば、普段から女装している人もいた。普通のスナックと同じように楽しむ人、女装する男性との出会いを求める人、自己表現の場として選ぶ人もいた。
場合分けの裏返しで、共通項も見えてきた。女装する方々はみな「自分」をしっかり持っており、そして他者に対する気遣い・心遣いのレベルが総じて高かった。そのせいか、女性が恋愛相談に来ることもあった。男性の気持ちも女性の気持ちもわかるから、男友達・女友達よりも相談しやすいそうだ。男性の世界と女性の世界、両方を行き来しているせいだろうか。確かに彼女(彼)らの話はとても興味深く、そして素直に吸収できるものばかりだった。
そんな中、僕は思いがけずこの世界の深いところ、2枚目の扉に手をかけることになった。
女優さんやモデルさんと言われても信じてしまうようなルックスで、スタイルも抜群の常連さんがいた。性転換手術をしたとい噂もあった。いつも少し甘い、いい香りを漂わせていた。性格も含めてとても素敵な人だった。挨拶程度の会話を交わすことはあっても、じっくり話したことはなかった。「彼女」はいつも体格のいい男性の彼氏と一緒に来ていた。
ある日、珍しく彼氏がいなかった。ふと目が合うと、ねぇ、こっちに来ない?と「彼女」に声を掛けられ、僕は横で飲むことになった。
初めてじっくり話したが、やはり素敵だった。「彼女」はすでに酔っぱらっている様子で、しばらく話していると僕にもたれかかってきた。いい香りがより強く感じられる。「惚れてまうやろー!」という僕の心の声が漏れていないだろうか。何を話したか全く覚えていない。ドキドキが止まらない。そんな時。
え……
頭が真っ白になった。僕の目には多くのものが映らなくなっていた。
「彼女」の手はいつしか僕の下半身にあった。何とも言えない絶妙なタッチを続けながら、女装姿の僕のワンピースの中まで侵入してきた。「彼女」は耳元でささやき、僕を口説き始めた。心臓がバクバク言っている。僕って実は「男性もあり」だろうか。一夜ぐらいなら、いいだろうか。
しばらくして「ねぇ。どう?」彼女に答えを求められた。僕は何気なく深呼吸を一つした。その瞬間、いろんなものが視界に入ってきた。水割りを作るママ、北島三郎を歌うダンディなおじさま、たばこを吸う常連さん。少し頭が冷静になった。もし一夜をともにしたとして、僕はその後、どう思うだろう。そして「彼女」の彼氏はどう思うだろう。
もう一つ深呼吸をした。「彼女」の手をやさしく僕から離した。小さく「今日はやめときます」とつぶやいた。「彼女」はごめんねといい、普通の会話に戻った。相変わらず「彼女」は素敵だった。僕の選択は、本当に正しかっただろうか。
しばらくして仕事や家庭の都合で、その店に行くことがなくなった。「彼女」とのやり取りで一般的な「男」として今後もぶれずに生きると、気持ちがクリアになったからかもしれない。
何かの機会にまたあの店に行ってみたら、女装してみたら、何か違って見えるのだろうか。
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