メディアグランプリ

癌と結婚式と三流脚本

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記事:Hatake(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「やっぱり、癌やってん」
何を言ってるんやろう。頭が真っ白になった。
「家族と一緒に、話聞いてほしいって言うてるから、来てくれへん?」
 
それから3日後、僕と兄2人、もう離婚して何年にもなる父と、それから母と。
食い入るようにして、医者の話を聞いていた。
「胃癌です。かなり広がっています。手術をして胃を全てとる必要があります。
それから手術後、再発を防ぐために、化学療法をする必要もあるでしょう」
 
63歳の母は、戸惑ったように細く、だけど力強い声でいった。
「もうすぐ、息子の結婚式があるんです。私は絶対にそれに出たいんです」
 
僕は先生に聞いた。
「先生、僕の結婚式は1ヶ月後です。その後に手術しても、間に合うんですか?」
 
「それくらいなら、問題はないと思います」
 
1ヶ月ほど前に、チラッと母から聞いていた。
「私な、最近ご飯あんまり食べられへんくてな。健康診断行ったら、胃に影ができてるって言われて、今度大きい病院いくねん」
「もーなんなんそれ。癌とかとちゃうやろな。結婚式はもうすぐやねんから。ちゃんと元気でおってや」
「大丈夫。やっとあんたの結婚式やのに、絶対出るよ。それに、うちの家系は癌家系じゃないねんから大丈夫やで」
 
母の胃がんは、思ったよりも悪いようだった。胃は、癌の中でも罹患する可能性の高い臓器だ。
ただし、最近は医療が発展したこともあり、初期に発見された癌ならほとんど完治するらしい。母の胃がんは、そうではないようだった。
 
手術の日は結婚式の直後に決まった。
長男は、結婚式の前に手術をした方がいいんじゃないかと言っていたが、先生の影響がないと言う意見と、母の強い意思でそれ以上は何も言わなかった。
 
「はーよかった。とりあえずあんたの結婚式は出られるな」
「そうやな。まぁ、式後でも問題ないって言うてたし、とりあえず結婚式楽しんで」
 
とても心配だったが、まずは一ヶ月後に迫った結婚式の準備を全力を進めなければならない。きっと母もそれを望んでいる。
 
結婚式のタイミングでの癌など、どこかのドラマの三流脚本のようだ。癌に罹患する対象を花嫁から、母親にしただけで。
僕は子供の頃ずっとお母さん子だった。小学生の頃に父と離婚した母は、家族がばらばらになりながらも、全力で僕を育ててくれた。30を超えてもなかなか結婚をしない僕を、母は心配していた。だから、結婚を報告したあとの母親は、式の日をとても楽しみにしていた。
 
なぜこのタイミングで癌になるんだろう。なぜ母なんだろう。
なぜ、治る可能性の高い胃がんで「大丈夫」と言われなかったんだろう。
誰だ、このしょうもない三流脚本を書いたのは。
この脚本の狙いがどこにあるのかはわからないが、これ以上の山場は必要ない。
 
結婚式は、無事に開催された。「良い式だったね」たくさんの人から言ってもらえた。
癌の影響で食事が進まない母は、せっかくの式場の料理をほとんど残していたが、とても喜んでおり、特に母への手紙を僕が読んだ時は感極まっていた。
 
式の3日後の手術の日の朝。きっと手術はうまくいく。この脚本に飽きたシナリオライターは新しい脚本を書いているだろう。
無事に行けば、夕方頃に手術終了の声がかかるはずだ。そう考えていた昼頃、三流ライターはペンを動かしたようだった。
 
「手術室に来てください」
その時にいた家族と、顔色を変えながら手術室に行った僕の心はまた揺さぶられた。
「スキルス胃癌です。このまま手術しても再発の可能性が高い」
どういう意味や。
「一度手術は、中止して、化学療法をしましょう」
で、死ねへんねやろな。
「……最善を尽くすための方法です」
 
先生が言うには、スキルス胃癌というのは癌の中でも進行性で再発がしやすく、
言葉にはしないものの、亡くなる可能性も高いようだった。
そのため、手術後だと体力がなくなってできない、効果が高いが副作用も大きい強度の高い抗がん剤治療をしてから手術をすることで、再発率を下げましょうと言う提案だった。
 
その緊張した場で、判断などできるはずもない僕たちは、シナリオに従った。
 
抗がん剤治療が始まった。母は癌の影響で食事が進まず、副作用で嘔吐をしたり、髪が抜けたりしていた。
見ていて辛かったが、少しでも支えるべく、病院へのお見舞いをできるだけ行き、食事が進みやすくなるようにサポートした。
苦労をした分、これからは楽をしてほしいと思っていた。
男三兄弟は、普段ほとんど声をかけず愛想も悪いにもかかわらず、母に全力で尽くした。
 
そして、抗がん剤治療も終わり、2度目の手術の日。三流ライターはもういなかった。
「手術は無事終わりましたよ」
 
母は手術を無事に乗り越えた。
 
手術直後こそ、腹痛らしかったが、見る見るうちに回復していった。
今後しばらくは食事が食べづらくはなるが、時間がたつに連れて、そこまで問題なく食事ができるようだった。
家族も僕もとても安堵した。
 
僕たちの家族は少しづつ日常を取り戻して始めていた。
これ以上のドラマチックな展開などは期待しない。
母にはただ、1日1日を楽しく生きていってくれれば良いと願っている。
何気ない日常を、楽しくできるのは、ライターではなく自分たちなのだから。
 
 
 
 

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2020-03-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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