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不安すぎて眠れない夜の処方箋


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記事:高橋実帆子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
新宿御苑が、閉園する。
 
正直、子どもの小学校が休みになると聞いたときよりも、ショックだった。
 
「感染症拡大防止のための臨時閉園」が発表される前日、私はちょうど期限が切れた年間パスポートを更新するため、新宿御苑を訪れた。
園内の桜は7分咲きといったところ、いつもの年よりはずっと少ないけれど確かに花見のお客さんは一定数集まっていて、特に開店したばかりのスターバックスの前には長蛇の列ができていた。
「危ないから、週末、家族と花見に来るのはやめよう」と思ったのだが、まさか閉園してしまうなんて。
 
新宿御苑は、私が東京で一番好きな公園のひとつだ。
園内の植物が、無理に矯めたり整えたりせずあるがままの姿で、けれど専門家のケアを受けながらのびのびと育っている。
大きな木々や、季節ごとに咲く花を眺めて深呼吸するのが、日々の大切な癒しだった。
 
中でも、新宿御苑のシンボルツリー、樹齢120年を超える大きな3本のユリノキが大好きだ。
悲しいときや悩んだときには、その木の根元に座って、葉っぱを揺らす風の音を聴きながらじっとしていると、小さいことがどうでもよく思えて、少しずつ元気が湧いてくる。
 
新宿御苑を舞台にした新海誠監督の映画『言の葉の庭』を観てからは、「そうか雨の日に行くという手があったか!」と気がついて、ときどき雨の日にも訪れるようになった。
しっとりと濡れた園内は人も少なく、都心とは思えないような静けさの中で、ゆっくり考え事をしたり、本を読んだりすることができる。
 
新宿御苑は、私のパワースポットであり、なつかしい木の「友達」がたくさんいる大切な場所なのだ。
 
ホームページには「当面の間、閉園」と書かれている。「当面」って、一体いつまで? 桜が散って、人が集まらなくなっても公園には入れないの? 寂しいとき悲しいとき、私は誰に慰めてもらえばいいの?
 
やり切れない思いで夕食の支度をしていたら、「お母さん、元気ないね」と休校中の長男(小学2年生)が声をかけてきた。
 
「うん、新宿御苑が休みになっちゃうんだって……」
「えっ、そうなんだ。お母さん、新宿御苑の木が大好きだもんね」
樹木が好きすぎる母によって、名前の中に「樹」という漢字を挿入されただけのことはあり、息子は母のことをよく分かっている。
 
「公園も、学校も空手も休みになっちゃって、寂しいね。休みの日も、どこにも出かけられないし」
リビングで背中を丸めて、もくもくとレゴブロックを組み立てている長男に向かって、私は言った。長男は、2年前から通っている空手教室の師範に心酔していて、雨の日も風の日も、疲れている日も友達とけんかした日も、せっせと通い続けている。その教室も、感染拡大防止のため休みになってしまった。
 
ブロックで車を作るのに夢中になっている長男は、私が話しかけていることにも気づかない様子で、一心に部品を組み合わせたり、首を傾げてまた外したりしている。
キッチンのカウンター越しによく見ると、大きくて精密につくられた車だ。ちゃんとドアがあり、連結器みたいなものでつながれている。レゴの人形もたくさん乗り込んでいる。
長男は空手だけでなく、手先を動かして何か組み立てるのも好きなのだ。
 
「ずいぶん立派な車だね」
私は言った。長男は誇らしげに顔を上げてにやっと笑い、「違うよ。よく見て、電車だよ」と訂正しながら、ブロックの電車を持って、キッチンにいる私の方にやってきた。
 
「ほら、このドアから中に入るの。それで、10時間かけて、超高速で日本からアメリカまで行く。海底トンネルを通って海もわたるよ。この後ろの車両で、ごはんも食べられる」
目を輝かせながら、長男は電車の説明をしてくれた。
「わあ、すごいね。食堂車があるんだ」
「そう。ごはんは全部ついてるの。日本からアメリカまでだと1億円。世界一周だと10億円だよ!」
小学生の男の子らしい価格設定に思わず笑いながら、気づいたら、長男と一緒に大陸横断鉄道に乗っている自分を思い浮かべていた。
 
車窓から見える異国の街並みや、見たことのない木々。大きな空。やがて見えてくるコバルトブルーの海。
小さくてカラフルなレゴの電車に揺られて、私たちはどこへでも、どこまででも行ける。何だか、楽しくなってきた。
 
「屋根から飛行機が離陸できるようにしよう」と夢の電車にさらなる改良を加えている息子は、少なくとも今、この瞬間、学校が休みになって寂しいとか、空手に行けなくて残念という気持ちに、全然執着していない。
もちろん体を動かせないストレスはあるだろうが、彼の心は狭い部屋の窓を飛び出して、広い世界を飛び回っていた。
 
たとえ体が動けなくても、想像力の翼でどこまでも心を飛ばすことができるのは、地球上に暮らす無数の生物の中でも、人間に与えられた特別な贈りもののひとつだ。
大人になって、想像の世界で遊ぶことも少なくなってしまったけれど、私の中にもきっと残っているはず。
 
目をつぶって、新宿御苑を思い浮かべてみる。
 
広い広い公園のあちこちに咲き誇る1000本の桜。風が吹くと、その花びらが吹雪のように舞い上がり、誰もいない公園の芝生にはらはらと降り積もる。
その神秘的な光景を、手のひらに落ちてくる花びらのやわらかい感触さえ感じられるほど、私ははっきりと思い描くことができた。
 
新宿御苑だけではない。
これまでいろいろな場所を旅して美しい風景を見たり、本を読んで心動かされたりしたのは、綺麗な写真を撮ってSNSに投稿して「いいね!」をもらうためではない。こういうときのためだったはずだ。
 
まぶたを閉じて、今までに見た大好きな風景や、好きな言葉、そして好きな人たちと一緒に過ごした記憶を再生してみる。
たとえ体は半径数百メートルの世界で暮らすことになったとしても、想像力の翼があるかぎり、私たちの心は自由だ。火星にだって一瞬で飛んでいける。
 
玉石混交のさまざまな情報を取り込みすぎて、不安で眠れなくなってしまった夜は。
スマホの電源をOFFにして、まぶたの奥にしまってある一番好きな場所、好きな人のところに、旅をしてみませんか?
 
 
 
 
***
 
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2020-04-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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