私は本屋で立ち読みができない。男性にこそ読んでほしい、”女性”であるということ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:谷田初音(ライティング・ゼミ日曜コース)
私は本を読むのが好きだ。大好きだ。
本は、私に新しい世界を見せてくれる。
私のレンズを、新しい色に変えてくれる。
けれど、本屋で立ち読みはできない。高校2年生の、あの日から。
高校2年生のある日。私は帰り道にある、駅のモールの大型書店に寄った。
ちょっと早めの受験勉強のために、参考書を買いに行ったのだ。
ネットの口コミサイトを見ながら、お目当ての参考書を何冊かぺらぺらめくる。
なんとなく勉強しやすそうな英語の参考書を見つけたので、じっくりながめていた。
視界の左端に、スーツの男性がちらちら写るのには気が付いていた。
少しずつこちらに近づいてきながら、ちょくちょく棚から本を取り出しては見ていた。
私の目の前の棚にある本を取ろうとしたので、取りやすいように後ろによけようとした。
その瞬間、こちらに手が伸びてきた。
あっ、と思った。体が固まった。逃げられなかった。
思わずその男性の顔を見ると、目が合うとすぐ、一目散に逃げていった。
追いかけられなかった。
ただ、恐ろしかった。消えてほしかった。遠くに行ってほしかった。
しばらくたって、帰ろう、と思った。
店員さんはそこにいたけど、声はかけられなかった。
帰り道、同じ車両にあの男がいたらどうしようとおびえながら、気を抜いたら泣いてしまいそうになりながら、家に帰った。
やっとの思いで、家のドアを開ける。
いつものように、「ただいま」と言う。
このことはお母さんに言った方がいいのだろうか。
あの本屋さんに電話して、「痴漢が出ました」って貼り紙でも貼ってもらった方がいいのかもしれない。また来るかもしれないし。警察にも、言った方がいいのかも。
「お母さん、今日、本屋さんで痴漢に遭って……」
また泣きそうになるのをどうにかこらえながら、勇気を出して、言ってみた。
「そうなんや。逆に、今まで遭ったことなかったんや」
びっくりした。
とりあえず、「うん、そうやねん」と答えて、部屋に行って、ひとりで泣いた。
お母さんが悪いわけじゃない。
お母さんも人生で何度か痴漢に遭って、おばあちゃんにそう言われたのかもしれない。
そういうものだと、あきらめてしまったのかもしれない。
どうして、「痴漢に遭って当たり前」そんな世の中なんだろう。
どうして、私は部屋でひとりで泣かなければならなかったんだろう。
どうして、私はあの日から、本屋で立ち読みができないんだろう。
どうして、本を読むのが大好きなのに、私はあのワクワクする本屋で好きなだけ、読みたい本を選んでから買う、ということができないんだろう。
中学生の頃、ドラッグストアでサラリーマンらしき男性に、「お散歩しませんか?」と声をかけられた。
高校生の頃、痴漢に遭った。
大学生、バイト帰りに知らない人に追いかけられた。
“女性”なら、多くの人が大なり小なり体験しているのかもしれない。
“女性”だったら、”普通”なのかもしれない。もしかしたら。
でも、多くの人が体験しているからって、普通なわけじゃない。絶対に。
ひとつひとつの体験は、すごく恐ろしいのだ。
それが、”当たり前”になってしまうのがこの世なら、この世界は、すごくすごく恐ろしいところだ。
外に洗濯物を干さない。
満員電車は危ないから、30分早起きする。
エレベーターは、できるだけ男性と二人にならないように気を付ける。
それでも二人になってしまったら、絶対にボタンの前に立つ。
「女性だったら、当たり前」に気を付けなければいけないことなのかもしれない。
だけど、それは私たちにとって、少なからずエネルギーを使うことなのだ。
お日様の照り付ける屋外に洗濯物を干せたら、乾いたタオルに顔を押し当てるのはどんなに気持ちの良いことだろう。
満員電車で思い切り押し合いへし合いして、自分のスペースを確保できたらどんなに楽になることだろう。
エレベーターで、手が伸びてくる恐怖と闘わなくてもすむのなら、どんなにいいだろう。
あのたくさんの本が並ぶ、心躍る空間で、色んな棚の本を心ゆくまで吟味してから、本当に好きな本を選び出すことができたら、どんなに幸せだろう。
「女の子なんだから、気をつけなさい」
気をつけるよ。わかってるよ。私だってこわいもん。心配してくれてありがとう。
どうして、わたしは今これを書きながら、
「こんなことを書いていたらモテなくなるのかもなあ」
なんて、ちょっと心配してるんだろう。
***
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