シンデレラは怖かったのだ
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記事:石田ゆかり(ライティング・ゼミ平日コース)
その招待状が届いたのはパーティーのわずかに5日前だった。
その頃わたしは娘の年に一度の舞台の準備に大忙しで、子供たちの衣装小物をせっせと縫っていた。
娘は街の小さな合唱団に所属しており、年に一度オペレッタの合唱劇を発表する。今年の演目はシンデレラで、縫い物をしている私の傍ではいつも娘が歌っていた。何度も聞いているうちに私まで歌えるようになった。
その歌はシンデレラの家に舞踏会の招待状が届くシーンでの一曲で、招待状を受け取った姉達が浮かれている様子が歌われている。
その様子を見て 「私にも?」 と喜ぶシンデレラに二人の姉達が言うのだ。
「着ていくものも無いのにみっともない」と。
この後シンデレラは母の形見のドレスで出かけようとしたところを姉達にドレスを破かれてしまう。どんな意地悪にもいつも諦めずに前を向いていたシンデレラ。しかしたった一枚だけ持っていたドレスを破かれた彼女は、ついに舞踏会を諦めてしまう。
招待状があってもドレスがなければお城へはいけないのだ。
子どもの歌を聞きながらひたすら縫い物に明け暮れていた冬の朝に、その招待状は届いた。
郵便受けまで新聞を取りに行った夫が真っ赤な封筒を持って慌てた様子で戻って来た。普通の郵便では無い、特別な何かであることは明らかだった。二人で中身を切らないようにと慎重に封を切ると、そこにはファッション雑誌、VOGUE JAPAN の20周年パーティーの招待状が入っていた。金色に縁取られたその招待状には同じく金色の字で日時と会場、そしてドレスコードだけがシンプルに印字されていた。
そう言えば随分前、年間購読者に抽選でパーティーの招待があるという告知を見た夫が騒いでいたことを思い出した。あぁ、その抽選に当たったのか。
夫はさっそくはしゃいでいたが、わたしはとても冷静に行くべきなのか辞退すべきなのかをぼんやりと考えていた。招待状からはどんなパーティーなのかは想像もつかなかった。けれど少なくとも私たちが浮かれて軽く顔を出せる場所ではないということだけは分かった。何よりまず着ていくものが無いのだ。
今、まさに私たちはあの歌の中のシンデレラと同じ境遇になったのだった。
着ていくものも無いのにみっともない。そのフレーズが頭の中に響いていた。
パーティーまで後4日。
きっと、このパーティーに参加できたら。きっとシンデレラのように素敵な時間を過ごせるはず。
早速私はパーティー会場に立つ自分を想像して、どんなファッションでどんな女性として出席したいのかを全力で書き出すところから始めた。目指すスタイルを決めて、シンデレラの時代にはなかったメルカリが私にとっての魔法使いとなった。
ドレスコードはヴォーグレッド。果たしてこの赤はヴォーグレッドなのか悩みながら、夫の赤いシャツが届いたのはまさにパーティー当日の昼だった。
シャツの到着をもって私たちは晴れてパーティー会場への通行証を手にしたのだ。
緊張しながら会場のホテルへ着くとそこには赤を身に纏った編集部関係者、誰もが知っている大女優にモデル、歌舞伎役者にデザイナー……
あまりに有名で見慣れてしまったレベルの人々がそこここにひしめいていて、みんな口々に久しぶり! とハグして写メを撮りあい、ひたすらシャンパンを手におしゃべりをしている社交の場だった。
華やかな会場で、私たちはただただ夢を見るようにそこに立っていた。
ふと私たちの前を編集長の渡辺さんが通られた。
普段から渡辺さんの書く文章が好きだったわたしは思い切って声をかけた。
「いつも読ませていただいてとても勇気をもらっています」 と。
すると編集長は
「まぁ! 2人ともこんなにお洒落してきてくれて嬉しいです」
とおっしゃった。
大女優たちのドレスの前に私たちがどう映ったかはわからない。つぎはぎのドレスだったと思う。けれど、ここへ向かう道のりを私たちが必死に辿ったことを思っていてくれたかのように響いた。
一生懸命ここへ来たのね、楽しんで行ってね。と言われたようで嬉しかったし、実際にそういう場所だった。
帰りの電車に揺られながら、オペレッタの振り付けの先生がシンデレラ役の子に何度もダメ出しをしていた言葉を思い出していた。
「ねえ、あなた、舞踏会に行ったことある?
ないよね?
シンデレラも初めてだったんだよね?
そんな優雅に入ってこれるかな?
何が起きているのかもわからない
踊ったこともない子がそんな優雅に入ってくる?
きっともっとおどおどして怖かったはずだよね?」
あぁ、ほんとだ。今のわたしには少しわかる。
きっとシンデレラは怖かったのだ。
けれど怖いよりももっと強く。
憧れていたのだ。
電車が地元の駅に近づいてくるにつれて、私はかぼちゃの馬車がかぼちゃに戻って行くのをありありと感じていた。
あぁ、魔法が溶けていくなぁ、と。
夢のような時間をすごした後、12時の鐘が鳴りみるみる魔法が溶けていく中で、どうしてガラスの靴だけは魔法が解けないのかと誰でも一度は思ったことがあるだろう。
けれど溶けていく魔法の中で私はやっとその答えを見つけた。
ガラスの靴はきっと消せなかったのだ。
たとえまた屋根裏部屋のほっかむり娘に戻っても、もうそれは以前の彼女ではないのだから。
一度ガラスの靴を履いてしまったら、その胸に宿ったときめきは誰にも消せなかったんだろうと。
***
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