花と卵焼き
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:めいり(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「おはよう。今日もかわいいね」
朝起きると、私は花瓶の水を変える。部屋と同じ温度の少し濁った水を捨て、透き通った冷たい水を注ぐ。酸素がたっぷり入っていそうな水を見て、なんだか私も深呼吸ができる気がしてくる。
そうして私の一日が始まる。
冒頭のセリフは、私が花にかける言葉だ。
声になっているかは分からないけれど、起きて花と目が合うと自然とその言葉が浮かんでくる。
いや、私の耳に残っている記憶が、そう言っているのかもしれない。
私の母は花が好きな人だ。私が小さい頃から実家の庭や玄関にはたくさんの花が咲いていた。
「ねーねー、これはなんていうおはな?」
水やりをする母の隣で、私はよく花の名前を教えてもらっていた。裕福な家庭ではなかったから、近くのホームセンターで買ってきた安い花ばかりだった。けれど花に対する母の愛情はとても大きく、優しく土に植え、丁寧に世話をしていた。
「自分に優しくできひん時は、花に優しくするといいんやで。かわいいねって声かけたら喜ぶのは花も人も同じやからね」
小さかった私はまだこの言葉の意味はよく分からなかった。ただ目の前の花たちは母の言葉に応えるようにいつも綺麗に、優しく咲いていたことはよく覚えている。
私は大学生から一人暮らしを始めた。もう少しすると実家で育った時間と一人暮らしの時間が同じくらいになろうとしている。
父と妹を含めた私たち4人はとても仲の良い家族だ。田んぼに囲まれた田舎の一軒家で生まれ、公務員の父と専業主婦の母に私たち姉妹は育てられた。
周りの友達が新しいおもちゃや可愛い文房具を持っているのを見て、何度も羨ましいと思っていた。電車に乗って遠くまで出かけたり、カラオケで遊んでいる友達も羨ましかったけれど、そんな気持ちを両親に言うことはなかった。
我が家は定時に帰ってくる父と4人揃って夕食を取ることが日課だった。今日学校でどんなことがあったとか、友達とどんな話をしたのかを私と妹は交互に話していた。父と母はそれを嬉しそうに聞いていたように思う。外食は全くせず、私は母が作った食事で大きくなった。
「死ぬ前に最後に食べたい物は何?」という質問をされたら、迷いなく「母の卵焼き」と答えている。小さい頃から母が作る卵焼きが大好きだ。今も実家に帰ると私が東京に戻る最終日に母は卵焼きを作ってくれる。
「ねーねー。なんでこんなにおいしい卵焼きになるん?」
溶いた卵を流し込む母の隣で私が聞く。
「そうやねー、卵焼きを作るときは他のこと考えたらあかんのよ。ただ卵焼きのことだけを考える時間にする。そうしたら卵焼きは勝手に美味しく出来上がるんよ。人も同じやね。相手のことをちゃんと考えてたら、きっと相手も応えてくれるんやと思うよ」
母は固まった黄色い卵をくるっとひっくり返しながらそう答えた。
社会人になったある日、私は卵焼きを作った。出来上がった物は母の卵焼きとは似ても似つかなかった。そのヘンテコな黄色い物体を見ていると、余計なことを考えて卵焼きに集中していない自分に気が付いた。当時の私はとてもしんどい時期だった。キャパオーバーな仕事と、負けず嫌いの性格が掛け算していたように思う。卵焼きとは呼べない黄色いその物体は母の優しい声を思い出させてくれた。ヘンテコな黄色い物を見て、私は泣いた。
私の負けず嫌いな性格と完璧主義は、欲しい物を手に入れるための大きな武器だった。欲しい物を手に入れるためには傷付けることを恐れず、その分自分が傷付いてもじっと耐え、仕事を進める上で、それなりの成果や目標は達成してきたと思う。
ただそんな時間はそう長くは続かなかった。次第に身体だけでなく心のバランスも取れなくなり、ごまかしはきかなくなっていた。
動けない日が何日か続いた時、「好きな食べ物を食べよう。お花を飾ろう」という言葉が目に止まった。Twitterのタイムラインで流れてきたほんの一瞬の出来事だった。最初に浮かんだのは母の卵焼きと実家の玄関に咲いている花だった。
会社を休んでいた私はベッドに仰向けになって天井を見る。浮かんだ卵焼きと玄関の花は母の言葉を思い出させてくれた。
「自分に優しくできない時は、花に優しくすると良い。相手のことを考える時間は、必ず自分にも返ってくる」
そんなことを頭の片隅に置いていると、自分に絡まっていた糸が少しずつ少しずつほどけていった。
それから何年か過ぎた今となっては、目まぐるしく変わるこの世の中で疲れた心を癒し、優しい言葉を自分にかけるひとつの魔法のようなものになっている。
花と卵焼き。
どちらも私にとっては小さいことに聞いた母からの教えを思い出す記憶の欠片。
実家に帰ったら母に言おう。私はこんな文章を書いたよ、と。いつか母が私にかけてくれた言葉が、何年か未来の私を助けてくれたように、私も誰かにかけた言葉が、いつかその人の心の中で芽を出し花を咲かせる時がくるといいなと思う。
焼きたての卵焼きを口に入れた時のあったかさが広がる、そんなほっとする瞬間を携えながら。
***
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