「はじめの一歩」は恐怖の始まりなのか?
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:髙橋孝子(浜松ライティング・ゼミ)
「ねぇ、Oさん、店長になる気はないの?」
私は、焼肉を食べながら何気なく聞いてみた。
「ないね」
きっぱりと否定の言葉が返ってきたのには少し驚いた。
今まで店長が不在の時には店舗を切り盛りし、多店舗の応援を遠隔でしているほどに一生懸命仕事をしている姿を知っているからだった。
「でも、店長研修受けているでしょ? 試してみようと思わないの?」
「いや、研修はもう終わったよ。自分は店長には向いていないと思うんだ」
確かに、今のOさんがそのまま店長として店を任されてしまうとあまり良くない。いや、あまりではなく、かなり危険だ。
彼は上司の悪口を部下に告げてしまうし、機嫌が悪いと周囲の空気が重くなるし、イライラしているのが離れた席にいても感じ取ることができる。
1年以内にこれほどまで店の雰囲気が重苦しい状態になっているのは彼一人が原因ではないにせよ、関係していることはすぐに分かる。
しかし、私は信じている。彼がもう少し自分自身を見つめ直し、向上心を持ったのなら、必ず店の雰囲気が変わり、かつて表彰を多数受けた優良店舗へ再生することができることを。
先の問いかけをする前に、彼は仕事に対しての向き合い方を生き生きと語っていた。
かなり体力と時間を消耗する過酷な業務をいかに効率良くこなすのか。条件の悪い会社の備品を自分専用に借り受けてピカピカに磨き上げ、誰よりも美しく使いこなす努力と工夫をするために、どれだけ情熱を注いだのか。
それが出来るのなら、店舗を任せても努力と工夫で素晴らしい実績を出せるであろうと思うのだが、彼は今の立場から上に上がる気はないという。
それなのに、上司である店長に対して不満を抱き、自分なりの理想を持っている様子が伝わってくる。
自分の仕事に誇りとこだわりを持って実行しているのに、店舗運営に関して自分なりの考えを持っていない訳がないと私は見ている。
そこで、彼とじっくり話をしてみると見えてきたものがあった。
それは「自信のなさ」と「不安」だ。
店長は店の採算について責任が伴う。店舗運営全般に加え、売り上げに対しての厳しい追及が待っている。
成果を出すために、部下の育成や新しい人員の確保も要求される。
文字通り一国一城の主にならなければならないのだ。
彼は、上司からの厳しい要求に全力で応える「決意」と「覚悟」がまだ備わっていないのだ。
この会社は良くも悪くも体育会系で、「上司の命令は絶対」であり「全力で実行する」事が要求されていた。
しかし、それは過去の話。今は「自ら考え行動する」ことが要求されるようになってきた。今まで考える事を捨て、言われたことを一心不乱に実行してきた彼らに、いきなり考える事を要求するのは、彼らにとって天地がひっくり返るほどの大事件に近い。
Oさんが二の足を踏むのは、自分で考えて行動し、確実に成果を上げる事が出来ると確信できないからだ。
人は大きく成長する時や、今までと違う立場に身を置かれると、ひどく不安になる。
なぜ、不安になるのか。
それは、「経験したことがない」からだ。
私たちの頭に思い浮かべて想像できるのは、今まで生きてきた中で経験したことを繋ぎ合わせて予測できる事柄だけである。
見た事も聞いたことも経験したことも全くない状態で「想像してよ」と言われても頭に思い浮かぶはずがないのだ。
Oさんの足が前に進まないのはこれが原因の一つである。他には「失敗した時の恐れ」が行く手を阻んでいる。
失敗した時の恐れについては、自分でハードル高くし過ぎているに過ぎない。できる事、すなわちクリア出来る高さにハードルを下げればなんてことはない。
「店長」という立場になるまでにいくつかの課題があるのだが、いきなり最終形の状態で運営を目指すために、ハードルが高すぎて成功する姿が想像できなくなってしまうのだ。
彼にはちょっとした説明と二つの簡単な提案をすることにした。
まずは、「部下が信頼を寄せることが出来る人物を目指すこと」これは気分で自分の周囲の空気を大きく変えない点が目標となる。
話し方、振る舞い方を変えると周囲の受け止め方が変わり、雰囲気も良くなってくる。そこを目指すのだ。
もう一つは「店長と会話をすること」。
実は現場では「店長とOさんはとても仲が悪い」ともっぱらの噂になっていた。これは彼が店長の悪口を部下に漏らすからに他ならない。
それに加えて圧倒的に店長との会話が少ない。これでは店長が「何を考えているのか」「どのような目標を持って実行しようとしているのか」全く理解することが出来ない。
これを丁寧に説明すると、彼は笑顔でこう言った。
「うん、これなら取り掛かれる」
そして、今日電話越しの彼の声を聴いて安心した。雰囲気が全く違うものになっていたからだ。これなら大丈夫。かれは変わることが出来る。
そう確信することが出来た。
あなたがもし、新しいことを始めようとして最初の一歩が出ないのなら、見直してみると良い。
「何に恐怖を感じている」のか。そして、「設定しているハードルが高すぎないか」と。
もし、恐怖の元がプライドだったら、横に置いてみるのも良い。見知らぬ誰かになりきるのでも良い。邪魔をしているプライドを取り払ってみると目の前の景色が違って見えるはずだ。
設定しているハードルが高いのであれば、そこへ行きつくまでの課題を細かく出していけば良い。簡単にできそうな課題から取り組めば、小さな成功体験が積み重なり大きな勇気の元になる。
未知の世界は恐怖もあるが、切り開く楽しみも、またあるのだ。目の前の小さな課題を丁寧にこなしていけば、きっと未来の扉が開くと私は信じている。そして、誰もが成長していけるということも。
何かが形になった時、振り返ってみて欲しい。小さな一歩が今のあなたの原点になっているはずだ。
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