遅れて出てきた宝物
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:緒方太一(ライティング・ゼミ日曜コース)
「いよいよ陣痛が始まったみたい!」
金曜日の夜、家に帰って食事を取っていると妻から報告を受ける。
ちょうど出産予定日前後。長男と長女を経て、3人目の出産なので事前の準備は
しっかり済ませており、妻も私もあまり慌てることも無い。
「自分が帰宅してから、生まれてくれるなんてこの子は親孝行だね。
明日から土日だからゆっくり付き添うことができるよ」
その時は私にもそれくらいの余裕があった。
子どもたちの面倒を自分の母親にお願いして、妻と産婦人科に向かう。
産婦人科の先生からも「明日には生まれるでしょうね」との言葉を貰い、
出産待機室で夜を過ごす。
しかし、翌日の昼を過ぎると状況が変わってくる。
決して体調に問題が出たわけではなく、陣痛が治まってしまったのだ。
陣痛とは、赤ちゃんは母親の胎内から出てくるための身体の動きであり
普通は出産が近づくに連れて頻度を増し、徐々に強くなっていく。
過去2回の出産では、そのようなことが無かったので私たち夫婦は困惑してしまう。
医師からは「とりあえず一般病棟に移って、軽く運動をして行きましょう」と
アドバイスを受け、妻は病院内の階段で昇降運動を行ってみる。
一度緩やかになった陣痛はなかなか戻ってこない。
土日の2日間、いつ状況が変わってもいいように
自分も病室のソファで睡眠をとり妻に付き添う。
しかし、ついに陣痛の兆候は消えてしまった。
身体に不調があるわけではないが、消沈する妻。
出産に際して、母としての強い覚悟を持ってきただけに
その辛い胸中がこちらにも伝わってくる。
産婦人科からは病室待機でも良いと言われるが、自宅に戻ることを選んだ。
自宅に戻ってからも妻は懸命に運動を続けるが、再び陣痛が来る兆候はない。
身重の体であまりに動き過ぎたため、少し腰を痛めてしまうほどだった。
一度、気分を変えた方が良いのではないか?
そう思い、自宅のすぐ近くにあるホテルに家族4人で泊まりに行くことを決めた。
産婦人科の近くでもあるので、何かあってもすぐに駆け付けることもできる。
「やっぱり大浴場は楽しいね」
「窓からの景色が凄く綺麗!」
子どもたちの笑顔に、張り詰めていた妻の気持ちも少し和らいだようだった。
身重の体で出歩くべきではないというのは重々承知だが、
今の妻にとっては少しでも出産から意識を遠ざける方が良い。
娘は初めての朝食バイキングの種類の豊富さにとても驚き、
息子は朝風呂という楽しみを覚えた。
4人家族にまたひとつ思い出が増えていく。
1泊2日の短い滞在だったが、妻の顔もだいぶ明るくなったと思う。
そしてホテルから帰った翌日、妻から待望のひと声が出た。
「今度こそ本当に陣痛が来たみたい」
ホテルに宿泊して少しでも気を紛らわせたことも良かったのだろうか。
妻は「また何かあったら嫌だから、もう少し様子見てみようね」と言う。
数日前の経験から慎重になる妻。その目には少し涙が浮かんでいた。
親族に連絡し、産婦人科に入院までしたのになかなか出てきてくれなかった我が子。
1度目の入院からずっと自分を追い詰めていたのだろう。
3時間ほど陣痛が続き、今度こそとの思いで産婦人科に向かう。
検査の際に、不安な顔を見せる妻。
医師から「今回はとても強い陣痛なので間違いなく生まれてくるでしょ」との
太鼓判をもらってようやく安堵の笑みがこぼれる。
堰を切ったように陣痛は加速していく。
こういう時に、男は何もできず本当にもどかしい。
そして6時間後。
「オンギャーオンギャーオンギャー!」
3400gの元気な男の子がこの世に生を受けた。
医師の「母子ともにとても健康ですよ」という言葉が本当に嬉しい。
2度目の陣痛が来てからは出産まで順調だったと言えるのだろうけど、
数日前からのことを思うと私たち夫婦にとっては間違いなく難産だった
「本当にこの子は生まれる前からどれだけ親を心配させるのか」
元気に生まれてきたからこそこんな冗談も口にできる。
廊下で待っていた息子と娘も、産室に入ってきて
待ち望んでいた弟の誕生に歓声を上げる。
激しい疲れのなかでも、妻の顔は喜びに満ちあふれていた。
4人家族は、この日から5人家族となった。
生まれる前からヤキモキさせてくれた末っ子。
みんな君の誕生をどれだけ待ち望んだことか。
それから約1年。
元気な成長を見せる我が子は、日々部屋の中を物色して
色々なものを引っ張り出しては荒らしている。
生まれる前も生まれてからもみんなの注目を集めるのが大好きらしい。
私たちは大変な宝物を授かってしまったようだ。
忙しくて本当に幸せな日々が今日も過ぎていく。
***
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