赤トーダイはタイムマシンの乗り場だった
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記事:一柳亮太(ライティング・ゼミ日曜コース)
「伊勢佐木町のピアゴ、昔のユニー、閉まるんだってね。やっぱり振るわなかったのかな」きっかけは、ニュースを見て何気なく母に話した一言だった。
寂れた中心市街地にあるスーパーが閉店する。ありふれた、今どきニュースにもならないよく聞く話だと思う。話しかけても受け流されるような、特に答えを期待する話でもなかった。ただ、ほんの5年ほど前に建て替えた店が無くなるのは珍しく、それが私も話のネタにした理由だった。
「昔は赤トーダイって呼ばれて賑わっていたけれど。おばあちゃんがよく行ってたよ」意外な反応と、店名らしくない名前に、思わず聞き返した。「赤トーダイ?」
母の母、つまり私の祖母は、とにかく家にじっとしてはいられない人だった。60歳を過ぎて更新したパスポートは6冊。毎回「海外旅行はこれで最後にする。だからパスポートも5年にした」と言いながら、80歳を越えても海外へ出かけていた。
「そう、赤トーダイ。なんでそう言われたのか知らないけど、おばあちゃんはいつもそう呼んでいたよ」母の話は続いた。市電に乗って「今日は赤トーダイへ行く」と言われたら、馬車道の停留所からたくさん歩くので嫌だったこと。買い物の間、待ちくたびれて長かったのに、また違うデパートへ寄るのでうんざりしたこと。それでも帰り道にソフトクリームを食べさせてくれたので、楽しみでもあったこと。当時の伊勢佐木町は、普段買い物するマーケットと違う、当時珍しいソフトクリームを売っているような、まるで光り輝く街であったこと。
私も小さな頃、祖母のお供で何度も出かけたことがある。リュックを背に横浜はもちろん、川崎、御徒町、浅草と。「買い物の運搬係」という名目で、美味しいものを食べさせてくれたり、おこづかいをくれたり。自分の経験と重ねて、子どもの母がいやいやながらもソフトクリームに釣られて、手を引かれ歩くほほえましい様子を想像していた。
そんな話を聞き、閉店前に赤トーダイを見たくなって伊勢佐木町へ足を運んだ。あえて市電を引き継いだ市バスで向かい、馬車道から歩いてみた。昔、母に連れられて来た頃に比べても、お店は少なくなり、デパートも馬券売り場になっていた。ただ、書店の有隣堂だけは変わらず、少しのぞくと中の匂いは同じで懐かしい気分になった。大人の足でも少し疲れてきた頃、かつて赤トーダイだったスーパーに着いた。
スーパーは賑わっていた。閉店セール目指して来た人たちが行列している。分かっていたとは言え、建物は新しく、混雑もあってなんとなく期待していた気持ちは吹き飛ばされてしまった。しかも入口にあるチラシを見ると「1969年の開店以来、51年間」と書かれている。これはおかしい。母と祖母の年齢を考えると、年が合わない。母は間違えていたのだろうか。
調べると、この店の歴史は51年どころではなかった。そして「アカトーダイ」と呼ばれた謎も分かった。1919年に呉服店として創業し、その後に松喜屋百貨店というデパートとなって、1969年にスーパーとなっていた。チラシの表記は、あくまでもスーパーとなってから。資料によっては「伊勢佐木町三大百貨店の1つ」とまで記していた。そのような店だからこそ、祖母もわざわざ歩いて向かったのだと思う。
デパートの正面には横浜港のシンボルの1つ、赤灯台を模した広告塔が建てられていて、人々は親しみを込めてデパートを「赤トーダイ」と呼んでいた。古い写真を見ると「赤トーダイの松喜屋」と大書きされた看板も取り付けられていた。ありふれたスーパーの背後に隠れていた時間は、光り輝くものだった。
後日、「市電保存館」という施設を訪ねた。展示してある電車を、半ば遊具のように走り回る子ども達を見て、かつての母と祖母も乗り込んだのかもしれない、と思い巡らせた。一方で、残念な気持ちも浮かんだ。きれいに展示された電車はレプリカのようで、新しいスーパーの建物と同じく、昔を必死に想像しようとしても逃げてしまう。
保存館を出て、気持ちを整理するために少し散歩する。角を曲がると、思いがけない場所に出た。「丸山日用品市場」と看板を掲げた古い建物は、母の話に出てきたマーケットのようだった。暗い入口をこわごわと入ると、中は昔のままのつくりで、狭い通路の両側に店が並んでいた。お店の子らしい小学生の兄弟がローラーボードで走ってきて、ぶつかりそうになる。この市場で、母の昔話と今が結びついた。赤トーダイから乗り込んだタイムマシンが到着した瞬間だった。
古びたマーケットからバス停までの帰り道、ふと横丁から、若い頃の祖母が子どもだった母の手を引いて、赤トーダイを目指す姿が見える気がした。光り輝く街へのおでかけは、どんなに楽しいひとときだったのだろう。
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