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歯車のススメ


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記事:前田 智也(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「オレは、世間の大人たちみたいに社会の歯車なんかになりたくない」
私は、就職活動真っ只中の大学三年生の秋、親や同級生にそう息巻いていた。
三流私立大学に在学していた身でありながら、身の程をわきまえることなく、私は、大風呂敷を広げまくっていた。法律系の国家資格に大学二年生で一発合格し、まさに絵に描いたように天狗になっていたのである。
 
「せっかくだから色々な企業を見て、自分に合うところを探しなさい」という母親の言うことを何となく頭の片隅に置きながら、周りに流されるように企業の合同説明会に参加した。どの企業もそれ程、代わり映えはしなかったが、その中でもこの企業であれば、働いてもいいかなと感じたハウスメーカーに就職をし、住宅の営業を担当することとなった。
私は、どんなことであろうと、やり始めれば真剣に取り組む性格であったため、休みも取らず、必死で三年間働いた。営業成績は、全国のランキングで上位五位以内に入るまでになっていた。
しかし、「社会の歯車にはなりたくない」という言葉が、繰り返し繰り返し頭の中に浮かびあがった。その時は、決まって、高校生の時に見た英語の教科書の写真を思い出す。チャールズ・チャップリンが、「モダンタイムス」という映画で歯車に挟まれているシーン。
 
歯車になってはいけない。
 
私は決断した。
 
三年間、お世話になった会社を退職し、二十五歳の時に行政書士として、法律の世界に入った。しかし、母親が私に見せた表情は、喜びとは若干、違うものだった。
 
行政書士の世界は、知識や技術など自身が身に付けてきたものを真正面から、問われる仕事だった。今までハウスメーカーのブランド力に頼って、営業していた部分も否めなかったが、この仕事は、まさに自分自身が商品そのものであり、自分自身をブランディングしていく必要がある。会社の歯車でもなく、機械の一部品でもなく、生身の自分の身体だけで仕事をしている感覚があった。
 
歯車ではない。学生の時から探していたものは、これだ。
そう実感した瞬間だった。
 
それから、来る日も来る日も、依頼人の様々な相談事を解決に導いていった。行政書士が取り扱うことのできる仕事は、相続や外国人のビザ、営業許可、自動車の名義変更等々を含めて約一万種類以上あると言われており、どのような相談にでも対応できるよう、必死で勉強した。
「先生、ありがとう」と、時には、涙を流して感謝を伝えてくれる依頼人もいて、それが次の仕事に進む原動力となった。経験のない業務は、勉強することに相当の時間を費やすが、徐々に認知され始めた自身のブランド力が、次の依頼を産み、また勉強、感謝される、を繰り返し、よい循環が生まれていると感じていた。
 
しかし、その日は突然訪れた。
身体がまったく動かない。
私は、家から一歩も外に出ることができなくなった。
周りに勧められて、病院に行くと、医者から一枚の紙を渡された。
その紙には、「うつ病」と書かれていた。
カタカナの長い名前の薬をもらい、それは、抗うつ剤だと説明を受けた。
 
「この病気とは長い付き合いになるから、焦ることはない。ゆっくり治していけばいい」という医者の言葉を、私はどう受け止めていいかわからず、なるべく、普段どおりの生活を心がけようとしたが、少し外を歩くだけでめまいや頭痛が止まらなくなり、近所のスーパーに買い物に行くことも、ままならなかった。
ただ、それでも、お腹は空く。
何も生み出さない人間が、消費だけをしていることに、私は、心から絶望した。
 
それから、2か月が経過したある日、同業者の行政書士が、リハビリがてらアルバイトしないかと誘ってきた。私は、相変わらず、外に出て買い物するぐらいがやっとの状態であったため、彼の申し出に戸惑ったが、アルバイトをさせてもらうことになった。
 
2か月ぶりにネクタイを締めて、役所に向かった。
復帰後の初めての仕事は、引換券を持って、審査が終わった書類を受け取るだけの至って単純なものだった。私は、役所の職員に引換券を提示すると、職員は、表情一つ変えることなく、審査が完了した証明書を出してきた。
そうか、この人は、オレの今までの経緯なんて知らないんだもんな。
その証明書を受け取った瞬間、社会と繋がった。そう感じた。
私の後ろに並んでいた人が、同じように引換券を渡し、証明書を受け取っている。皆と同じように扱ってもらっている。それが妙に嬉しかった。
 
病気になって、初めて気が付いた。高校生の時に教科書のチャップリンの写真を見て、無意識に歯車という言葉を忌み嫌っていたのだということに。歯車を悪と捉え、あんな風にはなるまいと意固地になっていた。
 
しかし、社会という大きなシステムの中で、皆がそれぞれの役割を果たしている。そうして社会は成り立っている。私が、ハウスメーカーを退職し、組織の歯車から解放されたと思っていたことは、ただの幻想に過ぎなかった。
 
国を動かす一総理大臣も、果物をあしらったスマホを開発した企業の創業者も、宇宙旅行を夢見るファッションサイトの元社長も、広い視点で見れば、社会の中で、一つの役割を担う歯車と言えるかもしれない。
 
歯車でいいじゃないか。むしろ、歯車になって社会に貢献すべきじゃないのか。
 
その後、仕事に復帰できたことを、母親に報告した。母親は、今までにないぐらいに喜んでいた。ああ、そうか。母親は、息子がどんな功績を残したのかを見たいのではなく、幸せに楽しく暮らしている姿を見たいんだ。こんなことすら今まで気が付くことができなった。
 
あれから、二年が経過した。今日は、私の誕生日である。
母親からの「誕生日おめでとう」というLINEのメッセージに、
私は「ありがとう。あなたのおかげで、いい人生を送っています」と返信をした。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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