母と娘の違い
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記事:串間ひとみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
コロナの外出自粛がかかる少し前、母はボランティアグループの仲間と沖縄旅行に出かけた。年代が同じ仲間との旅行を、とても楽しみにしていたようだった。
沖縄での様子も気になったので、帰る前の夜に電話をかけてみた。旅の楽しかった話を聞けると思っていたが、母は明らかに機嫌が悪かった。
「一人部屋なのよ」
意味が分からず、聞き返してしまった。
「え、なんで怒っているの? 怒っているポイントが全然分からないのだけど」
「みんなで来たのに、一人部屋だったら一緒に来た意味ないじゃない!」
説明されても、やはり母が怒っている理由が理解できなかった。私は、人と同じ空間を共有することが得意ではない。一人暮らしが長いせいもあるのだろうが、家族でも仲がいい友達でも、寝るときはゆっくり一人で寝たい。私が母と同じ状況だったら、間違いなく、「わざわざ一人部屋にしてくれてありがとう!」とお礼を言ったに違いない。
「私は一人部屋にしてもらったら喜ぶけど……」
言い終える前に、母の反論は始まった。これは平行線だと思い、母の気が済むまで言わせておいた。それを除けば、旅行自体はとても楽しかったとのことなので、よしとした。
母は5人兄弟の1番上で、両親、祖父母、牛、鶏、猫、たくさんの人間と動物に囲まれて育っている。母の実家に行くと、そこに住む叔父が町議委員をしていたせいか、田舎ならではのご近所づきあいなのか分からないが、よく人が来ていた。ともすると用事がある本人がいなくても、お客様がいるという、不思議な状況もあった。私にとって、そこはとても居心地が悪かった。人との距離間をぐっと詰めてくる感じは、何度行っても慣れない。でも母にとっては、その距離感が普通というか心地いいのだ。
この母の旅行の数ケ月前、母娘でも沖縄に行った。親孝行のつもりで旅行を提案したのだが、行き先を決めるところから、私達親子の意見はまとまらなかった。母の年齢のことを考えると、これから先そんなに遠くへは行けなくなるだろうからと、海外も視野に入れていた。しかし致命的な問題があった。母は飛行機が苦手なのだ。
「行ったことないところがいいなあ」
まではよかったのだが、
「飛行機に長く乗りたくないから、遠いところは嫌、まして海外は無理! 泊まるのは2日が限界!」
母は強い口調で言いきった。私は旅行好きなので、行けるものなら世界中どこでも行ってみたいし、できるだけ長く滞在したいと思う方なのに。
まだお仲間との沖縄旅行の話が出る前で、母が選んだのが沖縄だった。せっかくなのでガイドブックを渡して、「行きたいところない?」と聞いても、特に希望はなく、それどころか母は首里城を知らなかった。少し前に首里城が火災になったニュースが流れたことで、初めてその存在を知ったらしい。旅行前に何を見ようか、食べようかと調べまくる私とは大違いだ。
旅行に行っても、母と私のすれ違いは続いた。私はどちらかといえば時間にルーズだ。社会人としては決してほめられることではないが、遅刻さえしなければ、締め切りに間に合えば、特に問題はないと思っている。母は早めに行動しないと落ち着かない性格で、次の予定地に着かなければいけない時間が決まっていると、手前の観光をそこそこに次に行こうと急き立てる。一応時間の算段をつけていたのだが、母はずっと焦っていた。一人旅の時には、予定をぎゅうぎゅうに詰める傾向にある私が、いつもよりペースは落としつつも、2泊3日の旅行を楽しんで欲しくて決めたスケジュールは、母にとってなかなかハードだったようだ。
旅行から帰った後、料理や観光地の話以上に、母が口にしたのは
「一緒に旅行できて楽しかったよ」
という言葉だった。ハッとした。私にとって母との旅行は「何か特別な経験や物を提供することで、楽しんでもらうことだ」と思っていたのだが、母にとっては、沖縄旅行に行ったことそのものよりも、娘と一緒に時間を過ごせたということの方が、大事なことだったようだ。
同じ血のつながった母と娘でも、旅行1つでこんなにも、考え方が違うのだ。それは親と子という立場の違いかもしれないし、生まれ育った環境や、持って生まれた性格によるものなのかもしれない。いずれにしても、他人様と同じ視点で物事をとらえるなど、無理だなと改めて思う。私達は、常に自分の考え方を基準にして物事を判断するが、それも仕方がないと思う。自分以外の人物にはなれないのだ。もし人間を作ったのが神様なら、私達違う人間がお互い上手くやっていく能力として、想像力を与えてくれたのだと思う。相手の気持ちに寄り添うために。思いやりや気遣いは想像力だ。相手と自分の間に違いがあること、それを本当の意味で理解したとき、お互いを尊重しあえる関係が築けるのだと思う。身近な人のことでも理解することは、本当に難しいが、違いがあるから面白いのだと思うことも、大人になってから増えた。
ちなみに母娘の沖縄旅行の部屋はもちろん一緒の部屋に泊まったが、せっかくオーシャンビューの部屋を取ったのに、高所恐怖症の母はベランダにも出てくれなかった。私と母の両方が満足できる旅行を考えるのは、なかなか難しそうである。もう少しコロナが治まったら、想像力を駆使して、母との旅行に再チャレンジしてみようと思っている。
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