靭帯損傷して人生で一番健康になった話
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記事:白石華都(ライティング・ゼミ 日曜コース)
2020年10月11日。
穏やかな夕暮れ。
私の身体は、数秒間、宙に浮いた。
左膝が「曲がってはいけないほうに曲がった」感覚。
地面に身体がたたきつけられ、すぐに襲ってきた経験したことの無い膝の痛み。
その日は、市営のテニスコートで、家族4人でのんびりとテニスを楽しんでいた。
主人が返してきたサイドラインぎりぎりのボールを、張り切ってバックハンドで返そうとした。
「行ける!」
ラケットで確かにボールを捉えた、と思った。
「ママー! ママー!」
半狂乱で駆け寄る娘と息子。
「大丈夫?」
驚きのあまり、なぜか半笑いで近寄って来る主人。
痛みで悶絶している中でも、その半笑いが目に入り何だか無性に腹が立つが、とりあえず、めちゃくちゃ痛い。身体を折り曲げて膝を抱える。
「ママが死んじゃうー!」と耳元で娘が泣きわめき、傷にガンガン響く。
「大丈夫だから泣かないで」という自分の声が妙に弱々しい。
翌日、近所の整形外科へ。
50歳前後の、真っ黒に日焼けした肌に、白い歯がまぶしい院長先生。
「サッカー選手が、試合中によく膝抱えて転げまわってるでしょ? あれと一緒!」
ピカピカした笑顔で、先生がカルテに書き込んだ病名は「左膝内側側副靭帯損傷」だった。
軽度の損傷のため手術は免れたが、膝が、まるでマリオネットのよう。
うっかりすると、あり得ない方向に膝がガクン! とずれる。
とにかく安静第一ということで、2週間ほど、ソファの住人となった。
幸か不幸か7年前からリモートワークのため、問題無く仕事は出来る。
ただ、傷を治すためなのかやたらに眠いし、じわじわと気分も落ちこんでくる。
テニスは、家族で一番運動の苦手な私が、唯一好きになったスポーツなのだ。
もっと準備運動を真剣に頑張っていたら、こんな怪我もしなかったのかな。
産後ダイエットも真面目にやっていたら、もっと軽やかに走れたのかもしれない。
考えてもどうしようも無いことが頭をぐるぐるまわる。
2週間たって、リハビリを開始した。
今まで、どこへだって行けた私の足。
ソファ生活で、左足だけ筋肉が削げ、驚く程しんなりほっそりしてしまった。
リハビリも、もちろん初めての経験である。
院内はトレーニングに励む方々でとても活気があった。
明るく元気な理学療法士の先生に促され、しおしおとリハビリ台に乗って、膝を伸ばす。
……やっぱり、まっすぐに伸びない。
曲がった足を見てしょんぼりする私を、先生が励ましてくれた。
「準備運動って、普段運動をしていない人ほど、念入りにやった方が良いんですよ」
「こんな風にちょっとした怪我でも、坂道を転げるみたいに身体って変わってしまうんです。でも大丈夫。トレーニングすればまた筋肉もつきますから!」
帰り道に、足を引きずりながら、気が付いたら
「がんばれ、がんばれ、左足」
小さな声でつぶやいていた。
自分の身体を労わったことなど、これまで無かった。
若いころの無理なダイエットや食生活でいじめてきた私の身体よ、本当にごめん。
これから、新しい身体作りを始めよう。
怪我をしない、病気にならない、強い身体を作ろう。
まだ運動は出来ないけれど、こんな時だからこそ、食生活の改善に取り組もう。
それ以来、あれほど止められなかった甘いものをスパッとやめた。
3食しっかり野菜とタンパク質、炭水化物をバランスよく食べる。
肉よりも魚を中心に。
毎食全ての食事をスマートフォンで撮影する。
撮影すると、野菜が少ないな、とか今度はタケノコを追加しようとか色々気づきがある。
今回は、自分でもかなり必死になっていると思う。
とにかく元のように身体を戻したい。
気が付くと、体重も2キロ減り、体脂肪も3%落ちていた。
食生活を改善したおかげで、意外な変化があった。
生理前は毎月体調が悪く、食欲亢進やイライラが止まらない時期があるのだが、食生活の改善後、症状がかなり改善した。常用していた漢方もほぼ飲んでいない。
体調を整えたことでホルモンバランスが整ってきているのかも知れない。
以前より気持ちが前向きになり、普段の仕事もより積極的に取り組めるようになった。
もっと人に会いたい気持ちが生まれ、これまで7年間在宅勤務をしてきたが、今年から一部出社もするようになった。
職場のスタッフと直接交流することで「今度はこんなこともやってみたい。あれも勉強してみよう」など、新たな世界が広がってきている。
膝の怪我は、まだ完治はしていない。
夕方になると、膝が別物のように重たくなるし、寒い日は膝が曲がらない。
テニスをしたりするのも、少し先になるだろう。
それでも、私はかつてないほどに健康だと思う。
心も、前よりもずっと自由だ。
前よりも、自分のことが好きだと言える。
いつも、何かに不満を抱いていた気がするが、当たり前のことに心から感謝したら、人生で初めて健康になれた気がする。
次にテニスが出来る日が来たら……。
準備運動は、念入りにやるつもりだ。
***
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