私の間接モンダイ
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記事:沖ノかもめ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「きみのうち、暗いからやだ」
彼と、今流行りのインテリアショップに行った時のことだった。
一緒に住んではいないが、お互いの一人暮らしの家を行き来したお付き合いはもう5年になる。
その彼が、私のうちの間接照明がイヤだと言い放ったのだ。初耳だった。
なぬ!? いまさら何を言う!?
驚きのあまり声も出ない。
二人とも30代半ばにさしかかったところ。
直接話し合った訳ではないけれど、これから結婚して一緒に住むのだろうという共通認識が最近芽生えてきたように思う。
じゃないと、彼の方からインテリアショップに行こうなんて言わないはずだ。
私は、以前からインテリアに興味があって、いろんな雑誌やショップを見るのが好きだった。でもそれに彼を誘うと、なんだか結婚を匂わせているように思われそうで、いつも一人で行っていた。そこで素敵だなと思ったインテリアを参考に、自慢の部屋を作り上げてきたのだ。
このショップは、店内のモデルルームにオシャレな家具と照明が設置されていて、幸せな新生活を想像させてくれる。実に心地よい空間だ。
中でも間接照明のセンスは抜群。
ただ一方向を明るくするだけではない。壁や天井を照らし、反射光で部屋に暖かみと優しい雰囲気をもたらしている。
間接照明=オシャレという図式。これはもはやこのショップに限ったことではなく、私が見てきた雑誌にも出てくるし、万人に共通の考えだと思っていた。
でも彼は違った。
目の前で崩れていく、オシャレな部屋で幸せに新婚生活を送る私たちの図。
「今までうちの照明が暗いなんて、ひとことも言ったことないじゃん」
私はやっとの思いで言った。
「初めからそう思ってたけど、天井に電灯をつけられない理由がなんかあるんだろうなと思って」
「どんな理由?」
「天井に背が届かないとか、新しい電灯が買えないとか」
私は、びっくりしてまた言葉を失った。
5年間、心の結びつきを育てて来たつもりでいたが、趣味の違いが露呈してしまったばかりか、コミュニケーションまで取れていないではないか。
「僕は、夜でも隅々まで明るくして活動しやすくしているからね。夜、部屋のどこにいても本は読めるし、爪も切れる。実家もそうだよ」
確かに、彼の部屋はLEDの電灯を天井につけていて夜も明るい。
でも実家のことは聞いてなかった。
まずい。彼の実家ともうまくやっていけないかもしれない。
私の頭の中でネガティブなシナリオが展開していく。
そんな私を尻目に、彼は男性の一人暮らしを模したモデルルームに行ってしまった。リモートワークが増えたため、自宅で仕事がしやすいような家具を見に来たとのこと。
思えば、一緒に家具を見に来た理由も聞いていなかった。
結婚生活を想像して舞い上がっていたのは自分だけだった。
5年間、それなりに楽しかった。でも30代半ばになって、年齢を気にして結婚を焦っているのも確かだった。よくよく思い出してみると、コミュニケーションが取れていないと感じることは多々あったのだ。でも焦りから、そんなことは取るに足りないと自分で自分をダマして来たのかもしれない。
その日から、糸がほつれていくように彼との関係も離れていった。
間接照明が原因なのではない。理由はもっと深いところにあったのが、家具店の一件で露呈しただけなのだ。まるで彼の部屋の電灯のように、隅っこにあった私たちの問題を明るく照らしてくれたのだ。
30代半ばで独りになった私は、婚活する気も失せて仕事に没頭する毎日を送っていた。こういう時、打ち込める何かがあるのはありがたいことだ。
ただ、ふとした瞬間に、彼との楽しかった思い出がよみがえってくる。
仕事のミスで落ち込んでいた時は、ただ黙って私の話を聞いてくれていたよな。
ありがたかったな。彼に対する理解がなかったのは私の方だったのかも。
日が経つにつれ、いろんな思いがあふれてきた。涙もあふれてきた。
これはきっと終わった恋に対する心のデトックスに違いない。
かわいそうな自分、というレッテルを貼りたくない気持ちが出てきた。
それならば、彼を通して照らし出された自分の姿を見直してみよう。
今できるのは、少しでも前向きなとらえ方をすることだと考えて、できることからやっていった。
次の日から、職場でコミュニケーションが取れているか気をつけるようにした。自分が相手に対して、「こうあるべき」「こうしてくれるはず」などと思い込んでいることを、きちんと言葉にして伝えるようにした。すると、案外お互いに考え違いをしていたり、微妙な認識のずれがあったりすることに気がついた。
そうしているうちに、職場の人たちと深くわかり合えるようになってきた。仕事でのミスが減った。楽しくなってきた。
以前、仕事のミスで落ち込んで、元彼に愚痴を聞いてもらったことを思い出した。思い返せば、そのミスも自分がスタッフに対し、「言わなくても分かって当然」という態度をしていたのが原因ではないか。それが実際には、相手にぼんやりとしたことしか伝わっていなかったのではないか。
「隅々まで明るい」
元彼の言葉をふいに思い出した。
多くのスタッフと確実に仕事を進めるには、意思疎通に明るい光が差していた方がいいのだ。
仕事から帰って、部屋の灯りをつけた。ぼんやりと優しい間接照明が迎えてくれる。彼と別れた後も、この照明はやっぱりオシャレだと思ってそのままにしている。
でも、元彼の部屋のように、明るく隅々まで照らすこともアリだな。
そう思った後、私は携帯電話を取り出した。
そして、つながりますようにと願いを込めながら、元彼の連絡先に指を伸ばした。
***
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