おばあちゃんにしてあげられるおしゃれとして『福祉ネイル』という選択肢
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:能勢 拓人(ライティング・ゼミ平日コース)
「自分ではこんなにうまくできひん。あの子はホンマにええ子やなー」
僕の顔をチラチラ見ながら、さっきまで家に来てくれていた友人を祖母は褒めちぎっている。
祖母が他界する前、大学の友人にあるお願いをした。
祖母は80歳を過ぎた頃から徐々に足腰が弱くなり、外出の機会が減っていった。最低限の化粧はしても、服装は動きやすい恰好になるし、ましてや爪の先まで気を遣うことは少なくなっていた。
80代も後半に差し掛かったころガンが見つかり、ますます外出の機会は減った。
そんな時、友人から「地元広島で福祉ネイリストとして独立した」と聞かされた。
「福祉」も「ネイリスト」の世界も全く知らない僕からすると、いきなり何を言い出したのか……しかも独立!? と、驚きの連続だった。
福祉業界では知られた存在なのかと思って聞いてみるが、そうでもないらしい。これから福祉ネイルを広めていきたいと語る友人の姿は生き生きとしていてカッコイイのだが、ちょっと心配になったのも事実。
でも、スグに祖母のことを思いついた。まだ自分のことは自分で出来るぐらいには元気だったけれど、どれほどのスピードでガンが進行するかは分からない。祖母へのプレゼントにもなるし、友人の仕事姿を間近で見るチャンスじゃないか? と、仕事のお願いをしてみることにした。
祖母の話をすると「無料で構わない」と言う友人の言葉を「プロとして来ないのであれば来なくて良い」と突き返し、友人へ初めての仕事を依頼することとなった。
祖母の為と言いながらも、僕がワクワクしていた。
それから数カ月後、大阪の用事のついでに、祖母の住む京都へ寄ってくれた。
祖母は初めて人からネイルをされることに、「こんなに何もしてない爪のままで大丈夫やろか」と落ち着かない様子だった。
けれど、いざ色選びが始まると、「この色もきれいやねー」「昔もこんな色も好きやったなぁ」「新しい色に挑戦してみようか」なんて、笑みがこぼれていた。
友人も自分の爪に試し塗りしながら、「乾くともう少し色が変わりますよ」なんてアドバイスをしてくれている。
母親も交えて相談の上、昔よく塗っていたという深い赤色を選んだ。
色が決まると早速施術が始まった。
ハンドマッサージに始まり、爪やすりで丁寧に形を整え、色を塗る。出来上がるころには「自分ではこんなにキレイに塗れへんわー」と、祖母は嬉しそうにしていた。
色だけでなくコーティングされて色持ちもよさそうだった。聞いてみると、ベースコート、トップコートと言って、マニキュアの後だけでなく、前にもしっかり爪をコーティングすることで、キレイに塗れ、長持ちするそうだ。
実際、2週間ほど経ってから祖母の爪を見せてもらった。ぬか床をひっくり返しもするし、お風呂にも毎日入っていたけれど、それでもまだキレイに深い赤色が残っていた。
福祉ネイリストは、いわゆるネイリストのように店舗を構えるのではなく、福祉施設などを回って仕事をすることが多いそうだ。
それにしても、なぜお化粧じゃなくネイルなんだろう? と思っていたのだが、お化粧とはまた違ったメリットがあるようだ。
お化粧は確かにキレイにしてもらえる利点は大きいし、いつまでもキレイでいたいという女性の気持ちをしっかりキャッチできるだろう。
その反面、お風呂に入ってしまうと落とさざるを得ない。それに、福祉施設にいる高齢者のことを思うと、鏡を自分で見られる状況かも分からない。
その点、爪であればふとした瞬間に目に入るし、スグに落とす必要もない。
丁寧に爪を整えておけば寝ている間に顔や体など、無意識のうちに引っかき傷を作ることも少なくなるだろうから、男性で色を塗ることに抵抗がある人でも、爪を整え、コーティングするだけでも効果は期待できる。
指ごとに色を変えることで痴呆症にも効果がある、なんて話も聞いた。
祖母と同年代の人たちの中には人生でマニキュアを塗ったこともない女性も案外多いそうだ。祖母は元気なうちは自分でマニュキュアを塗るタイプだったから、知らなかった。
そりゃあ喜ばれるよね。
実際に友人に施術をしてもらい、話を聞くことで、『福祉ネイル』の効果を間近に体験することが出来た。
その後、1年と経たず祖母は他界した。
祖母がネイルをしたのはあれが最後のはず。
祖母には僕からのプレゼントとはわざわざ言っていない。施術後友人が帰ってから「ええ子やなー」「素敵な仕事やし、しかもイケメンやし」と、僕の方をチラチラ見ながら褒めちぎっていた。「そうですねー」と軽く受け流していたけれど、祖母の嬉しそうな顔を思い出し、今でもお願いしてよかったと、つくづく感じる。
おばあちゃんに最後までおしゃれをして欲しい。笑顔が見たい。
そんなことを考える時が来た時、おばあちゃんにしてあげられるおしゃれとして『福祉ネイル』という選択肢を頭の隅に残しておいてはどうだろう。
もしかするとそれが、最後にしてあげられるおしゃれになるかもしれない。
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