”働く姿を娘に見せること”は ”アルバムをめくって小さかった頃の自分を見返すこと”だった
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記事:よしだゆか(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ねぇママ、おやつ食べていい?」
「ドラえもんが見たいよ。録画してるのつけて」
「喉渇いたからお茶のペットボトル開けて」
2020年3月2日、全国の学校が新型コロナウイルス感染症の影響で休校となった初日のこと。
30分おきくらいにこちら側にやってきては訴えかけてくる娘の声をBGMにパソコンと向かい合いながら
「ああ、こりゃ無理だわ」
私は絶望的な気分を味わっていた。
「まさか全国の学校が休みになるなんてね。ママが転職してて良かった。悪いけどこっちの仕事だとまだリモートワークできないからさ。こどもを見ながらの仕事は大変だと思うけど、明日から頼むね」
「そうだね。リモートでる職場でほんと助かった。まぁ、あの子ももうすぐ2年生だし、一人っ子だから一人遊びも慣れてるから、なんとかなると思う」
その前の週末、私たち夫婦はこんな会話をしていたのに、その期待はあっけなく裏切られて、初日の段階で冒頭のような状態になったのだった。
もうすぐ2年生? 一人遊びに慣れている?
そんな親の認識とは真逆で、娘はまだまだ1年生で、一人っ子だからいつも構ってもらって当然という状態だったようだ。
「しつけ」の一環だと思って言い聞かせても、なかなかわかってもらえない。学校に行かなくてもいいと言われて、しかも家にお母さんがいる、という状態、自由に過ごしていいよと言われても、そりゃ無理というものだ。娘は混乱と興奮で完全にハイになっていた。
一方で私はというと、仕事は休業も増えたが、逆に数少ない出勤日にいかに効率よく仕事を進めるかが問われて、全然楽ではなかった。
これは、物理的に離れるしかないな。
まずは娘に通信教育やiPadを駆使した課題を与え、時間割も作った。アプリで時間になるとチャイムがなる、いわば「学校ごっこ」だ。お昼ご飯は給食と称して、放課後は、ゲームしたり、テレビを見てもいいことにした。
私はできるだけ集中できるように仕事専用のスペースとして寝室の一角に机を置いた。
「昼間はママはここで仕事をするからね。どうしても用事がある時は、ノックして。返事があるまで入っちゃダメだよ」
と言いふくめて「おこもり」した。
「学校ごっこ」が面白かったのか、それともよほど私が怖かったのか、私に声をかけてくることは少なくなった。ライフハックとしては成功したのかもしれないけど、こちらの気分としては、娘が一方的に厄介者扱いしているような気がした。少し胸が痛んだ。
4月になると、オフィスに顔を出さなければならない日がちょこちょこと出てきた。
自宅と同じように、オフィスの部屋も区切って過ごすようにしたが、自宅と違ってなんとなくお互いの気配がわかるために、どうしても気になってしまうことが多くなった。娘はこちらに興味津々でソワソワ、一方こちらはイライラしてしまうこともしばしばだった。
他のスタッフが出勤している時は、特にこちらが神経質になって、うるさいよ、静かにして、と牽制。でももしかしたら注意する私の声の方がうるさかったかもしれない。
ただ、職場についてくることが増えてくるに従って、娘の側はなんとなくこちらの働いている間の事情がわかってきたらしい。
頃合いを見てこちらに声をかけてきたり、電話をしている時は離れていたりということがだんだんできるようになった。学校が始まる頃には、職場に娘がいても、長年連れ添った夫婦のように、仕事中は娘の存在が気にならなくなった。
こんなこともあった。一人で大量の書類発送をしないといけなかった日のこと。思わず猫の手も借りたいと思い、娘に助けを求めてみた。正直全くあてにしてなかったけど、紙を折ったり、出来上がった小包を運んだりと言ったことを任せたら驚くほど捗った。
夏バテで寝込んだ時には、夫に
「ママけっこう忙しいんだよ。電話したりずっとパソコンやってるの。オフィスではいっぱいお手紙作ってるんだよ。しばらく寝かせてあげて」
と一生懸命訴えていたらしい。
いくらなんでも気遣いさせすぎてるかな、大人の都合に合わせ過ぎさせていたかな、そんな罪悪感がよぎった私は、娘に尋ねてみることにした。
「ねぇ、ママが家にいても、あなたのことをほったらかしでお仕事ばっかりしてるから、つまんないんじゃない?」
「ううん。ママがお仕事で電話してる声聞くのが好きなの。時々隣のお部屋からこっそり聞き耳立ててるんだよ。ママが大人みたいにしゃべってるのが面白いんだもん」
その言葉を聞いた時、そういえば私も小さい時、母が「よそゆきの声」で電話をしているのが面白くて近くでずっと聞いていたのを思い出した。
町工場で経理として働いていた母はいつも仕事が忙しく、3人きょうだいの私たちはあまり遊んでもらっていた記憶はないが、かわるがわる事務所に潜り込んでは大人の様子をつぶさに観察していたのだ。
そこには何やら慌ただしく働く父や母をはじめとした大人がいて、なんだかんだ言い訳を作ってはそれを覗きに行くのが楽しみだったのだ。
あまりうるさくすると追い出されてしまうので、自然と大人の邪魔にならない程度にそこに佇む加減も覚えた。ちょうど良さそうな空きスペースを見つけて、そこが私たちの定位置だった。
それに時々、ちょっとおいでと言われて作業を手伝ったり、郵便局へお使いに行ったりするのは誇らしかった。
初めは構ってほしいという気持ちもあったと思う。けれど、忍び込むみたいに様子を伺ったり、頼まれた任務を遂行すること、それはちょっとしたゲームだった。
そんな記憶が、アルバムを捲るみたいにぶわーっと蘇ってきた。
ああそうか、娘は娘なりに楽しさを持ってこちらがやっていることを見ていたんだな、無理に付き合わせているわけじゃないんだ。
そう思うと、罪悪感はかなり薄くなった。もちろん、娘と私は別の生き物なので、思い込みかも知れないけれど、興味津々にこちらを見ている表情を考えると、あながち間違っていないはずだ。
親の働く姿を見せることについては、巷で、こどもの職業観や仕事観などにいい影響を与えるという意見があって、要するに教育的効果があるという風に捉えられている。
それも一理あるのかもしれないけど、それ以前に私にとって、アルバムを捲るように自分の小さかった時のことを思い出させてくれる体験だった。
「こどもたちが生き生きと働く大人と出会って、大人になるのが楽しみになるような世の中を作ること」
これが私の夢であり、目標だ。
そうだそうだ、やっぱり、私は昔から、働いている大人のことを見て、大人になるのが楽しみなこどもだったんだ。
自分の働く姿を娘に見せることで、改めて自分の夢の原点と目指したい姿を思い返すことができた。
***
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