1日5食摂らないと気が済まなかった私が、食欲をコントロールできるようになるまで
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:武田初実(ライティング・ゼミ集中コース)
「今週は頑張ったから、このくらいいっか」
仕事終わりの飲み会に週末の友人たちとのランチ、近所におしゃれなカフェができれば一人でも出かけて行き、誰に見られる訳でもないのに感想をSNSにアップする。東京にはこの手の誘惑がごまんとある。私自身、大学入学とともに上京し、東京の誘惑にどっぷりと浸かった学生生活を過ごした。
このままではいけない、と思い始めたのは内定も決まり、残りの少ない学生生活を思う存分満喫するのみとなった大学4年生の秋であった。その頃私は、同学年の友人から一足遅れて卒業式で卒業式で着るための袴を探し始めたところだった。何軒かの呉服店を回ったのだが、なかなか思うような袴が見つからない。それどころか、鏡に映る自分の姿が別人のようにブサイクに見えて、気持ちがふさいでいくばかりだった。
着物は洋服と比べ、露出が少ない分、見えている部分が強調される。鏡の前で色とりどりの着物を当てられる度、私は自分の首の短さや顔の大きさと向き合わなくてはならなかった。呉服店で味わった悔しさを晴らすため、一念発起した私は、それからありとあらゆるダイエット法を試した。当時流行っていた朝バナナダイエットを始め、糖質制限ダイエット、酵素ダイエットと手当り次第に手を出した私だったが、どれも長くは続かなかった。
そんなある日、偶然テレビで見かけたジブリ映画『千と千尋の神隠し』が私の考えを大きく変えた。映画の冒頭で主人公・千尋の家族が異世界に入り込むシーンんがある。そこには縁日の屋台のようなノスタルジックで幻想的な露店が所狭しと並んでいるのだが、不気味なことに人が一人も見当たらないのである。しかし、主人公の両親はそんなことにはお構いなく「お代は後で払えばいいから」と手当たり次第に露店で売られている食べ物を食べていく。主人公だけがその光景に違和感を覚え、「怖い」「もう帰ろう」と訴えるのだが、結局その声も虚しく、両親は豚に変えられてしまうのだった 。
有名なジブリ作品とあって、私も映画館やテレビで何度か見てストーリーは知っていた。しかし、このシーンがこれほどまでに私の心を動かしたのは初めてだった。当時の私の心情を一言で表すとすれば「恐怖」そのものであった。
私は周囲からこんな風に見られていたのか。自制もきかないような人間は人間として生きる資格すらないのか。何より、映画の中に出てくる主人公の両親の食事の様子が自分の食事風景と重なって見えたことがショックだった。
それからしばらく、食事の際には醜い豚に姿を変えられてしまった両親の姿が頭に浮かび、自然と食欲を抑えられるようになった。映画を見ていた瞬間には鮮明に感じられた恐怖も、時間が経つとともに薄れ、次第に『千と千尋』のあのシーンを頭に浮かべるだけで条件反射のように食欲を感じなくなっていった。そして、あれだけ様々な種類のダイエットを試してもグラム単位でしか変わらなかった私の体重は、一気に4キロ落ち体も軽くなった。私自身が何か工夫をして成し遂げた結果ではなかったが、素直に嬉しかった。
「食欲」は川の流れのようなものだ。常に一定の量が流れている間は問題ないが、大雨で氾濫した川がなかなか元に戻らないように、一度大幅に量が増えてしまうと元に戻すのは至難の技だ。だから、ダムを作ってうまく水をせき止め、適切に運用できるようにしなければならない。そのダムの働きを果たしたのが、私の場合は『千と千尋の神隠し』だったのだ。
もう一つ、食欲をせき止めるダムになるものがあるとすれば、私の場合は過度なストレスが挙げられると思う。無事大学を卒業し、社会人となった私は仕事のストレスから半年で7キロ体重を落とした。しかし、その時は学生時代に『千と千尋』で減量を果たした時のような達成感は得られなかった。ただ、自分の体が意思に反して日々軽くなっていくのぼんやりと眺めていただけだ。食欲という名の川の氾濫を防ぐため、ダムはあるに越したことはない。ところが、そのせいで生きていく上で必要最低限の食欲までせき止めてしまったら元も子もないだろう。
ダムはできれば自分が愛着を持って一生涯付き合うことのできるものがいい。たとえ愛着を持つことができなかったとしても、せめて疎ましく思うことのないようなものにしたいと今では思っている。
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