メディアグランプリ

小説家に必要なパンツをずらす覚悟


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤早織(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「いい小説を書くことができるのは、パンツをずらす覚悟のあるやつだけだ」と、その編集者は言った。
いったいこの人は何を言っているんだと私は思った。誰だってそう思うだろう。
 
私は作家の名前はたくさん知っているけれど、編集者の名前はその人と、もうひとりくらいしか知らない。いくら本好きだって、本を読んで感動して作家の名前は確認しても、編集者の名前を確認することは珍しい。
 
18歳の時、私はその文芸誌に出会った。
 
それは滅茶苦茶かっこよかった。痺れた。
そこにはデビューしたての西尾維新がいて、舞城王太郎がいて、乙一がいて、京極夏彦がいて、綾辻行人と清涼院流水がいることもあった。雰囲気に慣れてきたころ筒井康隆が連載を始めて驚いた。
『編集』で人の心を動かせることを私は知らなかった。
 
その文芸誌の編集長がその人だった。
 
それから10年以上が過ぎ、私は幸いにも、その人に自分の作品を読んでもらう機会に恵まれた。
 
私が書いた、銀座のホステスを主人公にしたSF小説を読んで、その人はこう言った。
 
「佐藤さん、あなた、銀座のクラブで働いたことないでしょう。もし働いてたとしてもちょっとだけだ。文章でバレているからね。描写がたるい。これなら僕でも書ける」
 
その人の言葉は止まらなかった。
 
「いわゆる、純文学とエンタメの中間小説ですね。この方向性だと、はっきり言って、『作者自身ののドラマ性』が求められます。『作者自身の経歴の面白さ』が求められます。例えば、銀座のホステスの話を書くなら、銀座のNO1ホステスであったとか、実は壇蜜が書いていたとか、そういうのです。今のままだと文章力はありますが、小手先で書けるほどの力はまだない。
 
残念ながら何度も投稿して落選している時点で、佐藤さんは天才ではありません。ですが、凡人が小説を書くことを私は否定しません。むしろこの時代に愛すべき馬鹿野郎どもだと私は思います。
 
まず、弱者なら弱者なりに戦略を持ってください。まずは自分を知ること。そして、自分が持ち込む出版社をきちんと調べてください。
出版社を知ること、編集部を知ること、編集者を知ること。徹底的にやってください。
 
もっと、自身の経歴からナマの小説を書いてください。パンツをずらす覚悟で、真摯に作品と向き合ってください。これはジャンル関係ありません。純文学でも、ラノベ作家でも、ガンダムの冨野さんでも同じです。読者はわかります。自身の経験からパンツをずらす覚悟のある作品は読者の心をうちます。
 
いい小説を書くことができるのは、パンツをずらす覚悟のあるやつだけです。
後は徹底的に取材するか、小手先で書けるまで上手くなるか。デビュー前は、間違いなくばれるから、ナマの経験から書いた方がいい」
 
一体この人は何を言っているんだと、凡才で、普通の会社員の私は怒りを嚙み潰した。
 
悔しかった。私は受け入れてほしかったのだ。怒りは悔しさの二次感情でしかなかった。それくらいは、さすがの私でもわかった。
 
その後私はあらゆる手を尽くして、その出版社を調べつくした。その出版社が出版している作品を読み漁り、作家のSNSをフォローした。新入社員のSNSまでフォローした。
 
自分の『ナマの経験』を振り返り、思春期のころの鬱屈や、自分には才能があると『尊大なる自尊心をこじらせていた』エピソードを掘り返していやな気分になった。
 
そして、自分が特撮オタクだったこと、最初の就職で戦隊ヒーローの絵本を作る仕事に就いたことを小説にする覚悟を決めた。
 
しばらく連絡を取っていなかった特撮サークルの先輩や同級生に連絡をとった。
私とは違って才能も努力も重ねた先輩たちは、今では特撮番組のクレジットに名前が載ることもある。忙しいのに、今でも小説を書いていると聞いて、私のために時間を取ってくれた。
 
普通のサラリーマンをしている私は、先輩や同級生と向き合うのもつらかった。
 
そして数年ぶりに徹夜で小説を書いて、また持ち込んだ。
その編集者は12,000字ほどの小説を一息で読み、顔を上げた。その時のやけにゆっくりとした口調を、重いトーンを、緊張感を、私は一生忘れないと思う。
 
「面白いんじゃないですか」
 
その人の言葉は止まらなかった。
 
「書いている内容にエビデンスがある。僕の知らない世界のことが書かれている。
この作品で10本書いて、5本にまとめて、エピソードを煮詰めて。ただし、この作品のクオリティで。おそらく今回一番面白いエピソードを持ってきているでしょう?
 
10本書いて、今回の作品が最初でなくていい。面白くなる並び、順番考えて。
10本書いて、それぞれの登場するキャラクターの人間関係など、それぞれの独立した話が関係があるようにして。それが『編集』だから」
 
凡才の私にはまだまだ壁があって、これからも書き続ける必要がある。まずは一日2,000字。これを一週間。一週間できたら、次に一か月続けてみる。三か月続けられたら、何か変わりそうな気がする。
 
私はまだ恥ずかしくて、パンツを脱ぎ切れていない。
 
人前でパンツをずらすということは、常人には難しい、覚悟のあるヤツしかできないことなのだ。
 
 
 
 
***

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2021-05-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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