「ハムラビ法典碑の前で、友情を誓う」
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:青天目起江(ライティング・ゼミ超通信コース)
「形あるものは壊れるんだから、気にしないで」
彼女と初めて会ったのは、彼女が給与振込口座を作りに来た時だ。対応したのが私だった。そう、私達は同じ会社の先輩後輩だった。すでに春からの新人職員の情報は周知されていたので、「この子が新人さんなのか」と気づいた。
ショートヘアで黒のトレンチコートを着た彼女を、私はどこか大人っぽく見えた。
その時の印象を後になって伝えると、「あの時は、会社では大人っぽく見せようと思ってたんです。でも先輩達のせいで、見事に化けの皮が剥がされました」と大きく笑った。かれこれ十五年以上の付き合いになる。お互い人生のステージは変化しているのに、どうしてこんなに友情が続いているのか、不思議に思う。私には思い当たる記憶がある。
思えば、彼女と私の状況は似ていた。定期の人事異動で、私は彼女が配属になる支店に、異動になったのだ。しかもその年は、支店統廃合がなされたタイミングで、前とそれほど変わらない人員で、統合になって増えた分の顧客を対応せねばならず、通常の年度初めの比ではない忙しさだった。彼女は、社会人一年目として、私は、初めての異動で新たな業務の担当になるという、互いの境遇も似ていた。先輩後輩の関係ではあるが、互いのことをあだ名で呼ぶようになり、寄り道をして、あーでもないこーでもないと、くだらない話をしてよく帰った。
同じ年の正月休みに、彼女とパリへ旅行した。お互い旅行好きだが、ヨーロッパは二人とも初めてであった。そんな二人の旅だから、トラブルももちろんあった。
旅行会社の担当者が泊まるホテルの住所を誤り、モンパルナスなのをモンマルトルの地図を送ってきて、チェックインが遅れ、受付の黒人女性からは、きつい対応を取られた。
フランス語にも苦労させられた。フランス人が英語を話さないと聞いたことがあったが、ある意味本当だった。店員に英語で問うても、首を傾げたりするだけで、英語で返そうという姿勢がみられなかったように思う。英語が世界共通語として私達は学校で勉強するが、それが通らないののも世界では、至極当たり前なのかもしれないと思った。私は大学で仏語を取っていたがまるでダメで、彼女の身振り手振りの英語に助けられた。
海外旅行の洗礼は受けても、やはりパリは素晴らしいと思う。
ルーブル美術館は、私にとっては忘れられない場所だ。
中でも、「ハンムラビ法典碑」は特別だ。
「モナ・リザ」や「サモトラケのニケ」、「民衆を率いる自由の女神」など歴史好きの私は、教科書で見た作品を見て興奮していた。
絵画の展示では混んでいたのに、碑は何気ない場所に飾られ、周りに誰もいなかった。
あの「目には目を、歯には歯を」が目の前にあると思うと、うれしくなってしまい、その時は撮影可能であったので、写真を撮ることにした。
当時、スマホではなく、携帯電話が主であった。私はデジカメを持ってきておらず、彼女はお家のデジカメを持ってきていた。「せっかくだから、携帯ではなく、デジカメを使って、交代で撮ろう」と彼女が言ってくれた。
先に彼女が私を撮影してくれた。次は私が彼女を写す番。彼女の手からカメラを預かるとき、付いていた紐のストラップに手をかければよかった。変にはしゃいだ私は、カメラを落としてしまった。
起動はするものの、レンズのカバーが開かない。せっかくのデジカメを私は壊してしまったのである。
「ごめんね」と謝る私に、彼女はカメラを何とか使えるようにいじっている。
私は小さい人間だ。悪いことをしたと思った。が、同時に、これからの彼女との旅行がどれだけ気まずいものになるのだろうと、そちらの方が気になってしかたなかった。気まずくなるのも覚悟していた。こんな私に彼女は顔を上げて、冗談の口ぶりで、
「形あるものはいつか壊れるんだし。壊れたら直せばいいだけだよ」と笑った。
私は彼女と気まずくなるのを覚悟したのに、彼女はそんなことは微塵もなく、冗談を言って、場を明るくしてくれた。
「何て広い人間なんだろう」
その時私は決意したのだ。彼女とずっと友達でいようと。
旅行というものは、非日常であって、他人の普段わからなかった点に気づき、関係が変化するきっかけにもなる。もう二度とこの人と旅行になんて行かない、付き合いも考えた方がいいかも、となってしまう場合と、反対に私が彼女の一言で、ずっと関係を続けようと決めることにもなる。
ただ、関係を保つには相手任せではいけない。かと言って、大事な人だからこそ、相手の状況を考えて、負担に思わない頻度で、「久しぶり!」と軽く連絡することが大切だ。そうすると、相手も答えやすい。
今や彼女も三児の母だ。無事に育児を終え「卒母」したら、また旅行に行こうと約束をしている。
***
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