人生の節目で迷ったら深呼吸をすればいい
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:納見萌芳(ライティングゼミ日曜コース)
朝5時、目覚めると同時に息を吸う。赤道に近いバリ島の空気は、日本よりも緑が濃く感じる。ベットの上で少しストレッチをしたら、ホテルの真ん中にあるヨガ道場に向かった。
今日はヨガ留学の最終日、そして、ヨガインストラクターの試験の合格発表の日でもある。
誰もいない道場に向かい、扉を開いたら、コーチのモナがいた。
モナは私を見ると、呼吸を置かずにすぐに伝えた。
「モエカ、あなた。
あなたは、ものすごく頑張って、
この2週間レッスンを受けてくれたけど、
あなたにインストラクターの資格をあげることはできないわ」
その瞬間、この2週間、必死になってヨガをしていた私を思い出した。汗まみれになって、体が筋肉痛になって、辛くても辛くても逃げ出さなかったのに。そうか、そうなのか。私はインストラクターの資格を取ることはできないのか。しかし、それと同時になぜか、ホッとしている私もいた。
「モナ、私は何者にもなれないかもしれません」
ヨガのインストラクターの資格を取りたいと思ったのは、大学3年生の頃。学問以外に何か手に職をつけるようなことがしたいと前々から思っていたし、体に良いと評判のヨガのインストラクターの資格は欲しいと思っていた。バリで日本より安くインストラクターの資格を取れると聞いてから、私は1年かけて体をならし、単身バリへ向かった。
バリの空気は心地が良かった。大学4年生であり、就活が落ち着いてすぐの旅行だったため、伸びのび出来る気がした。しかも一緒にレッスンを受けているお姉さん方は、綺麗で優しい人たちばかり。3食オーガニックメニューのホテル暮らしと美しいお姉様方に囲まれながら、私はヨガの修行に打ち込んだ。
「ヨガはね、呼吸が全てなの」
バリ島在住のモナが最初に言った言葉だ。
「ヨガは呼吸が全て。いくら美しいフォームでも呼吸ができていなければ、それはヨガとは言えない。逆にきちんと呼吸ができていると、フォームも美しくなる。
呼吸は全てよ」
モナの教えるヨガは、日本の先生と違って、ヨガの精神についての話をしてくれた。
呼吸のこと、体のこと、心のこと、私を育ててれた家族のこと、私を産んでくれた母のこと、私を取り巻く、その環境、その全て。
ヨガのレッスンもさることながら、モナは人生に関するあらゆることを教えてくれた。
「モエカ、何かを隠しているの?」
それは、昼休憩の時だった。スマホをつついている私にモナが声をかけてきた。私はそっとスマホを隠し、笑顔を見せる。
「なんでもないよ、ちょっと友達のLINEを見ていただけ」
基本的にヨガのレッスン中はスマホを見ない決まりだった。しかし、生徒たちはみんな、家族がいる。そのため、少しの間スマホをつつくことはあったが、私が長い時間つついていたのが気になったのだろう。
モナは少し眉間にシワを寄せたが、
「ほどほどにね、レッスンに集中」
と声をかけて部屋に帰っていった。
「モエカ、いい加減にして、どうしたの」
インストラクター試験の1日前のことだった。
モナがレッスンを中断して、声をあげた。
「レッスンに、全然集中出来ていない、集中していないどころか、まるであなたの心がここにないみたい」
モナは私の目をじっと見て話してくる。モナはいつも目を見て話す。だからモナと話していると、何もかも見透かされているようで。モナと話すたび、息を吸うのも忘れそうになる。思わず何も言えずにじっと黙ってしまった。バリは常夏の国。何分も離さずにいると、体中から汗がにじみ出てくる。沈黙に耐えられず、私は、私のありのままを話すしかなくなってしまった。
「モナ、ごめんなさい、
私、本当はここに来れるような人じゃないの」
「本当はインストラクターの資格なんてどうでもよくて、就活に失敗して、親と喧嘩をして、そこから逃げるように、ここにいるだけなの」
つっかえるように言ったせいで、羅列がどんどん回らなくなる。言葉を出すの精一杯で、喉が詰まっているようだ。思わず過呼吸になりそうになった時、モナが私の口に手のひらを当てて言った。
「モエカ、息を吸って。 Take a deep breath 」
モナに合わせて、息を吸った。ヨガの基本は呼吸。鼻から息を吸って、吐けば生い茂る緑の香りが体中に広がる。
「モエカは、あなたはのインストラクターの試験は、明日じゃなくて、明後日。最終日の朝にします。朝の太陽が昇前に、ここに来て」
そう言ってモナは何も言わず去ってしまった。
そして、最終日の朝。
いつも通り、余裕を持って、しかし、心のどこかで、私のヨガのインストラクターの資格は取れないだろう、そう思っていた。結局、日本を出て、バリまで修行にきたけど私は何にもなれなかった。
「モナ、結局私は何にもなれないのかもしれないです。これからどうやって生きていけばいいと思いますか」
モナはじっと、私を見つめてきた。今、私に何が必要なのか。きっとじっくり考えているのだろう。そして一呼吸置いたあと、そっと言った。
「モエカ、息をして。」
「何者にもならなくてもいい。人は生きているだけで、今こうして息を吸うだけで素晴らしいもの。鼻から息を吸って、体中に空気を入れる。少し止めたら、また鼻からゆっくり息を出す。
人生の節目で迷ったら深呼吸をすればいい。そしたら、生きてるって実感できるから」
モナをニッコリと笑った。
***
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