メディアグランプリ

燻製の沼へようこそ!


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記事:晏藤滉子(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
これが燻製なんだ・・・・・・。
鉄鍋の蓋を開けた時、そこには飴色の燻製の世界が広がっていた。
 
7年前の大晦日のことだ。
私は正月休暇を使い、「燻製づくり」に初挑戦する計画を密かに立てていた。
 
事の発端は、何気なく見ていたテレビ番組。自宅で気軽に出来る燻製づくりの特集だった。初めは「ふーん、燻製ってキッチンで出来るもの?」と眺めていたが、番組が終わるころには「面白そう! 燻製やってみたい!」とやる気満々。
思えばそこが「燻製の沼」に足を踏み入れた瞬間だったのだろう。
 
日頃食いしん坊を自負している私は、食べ物に関してはやたら行動的だ。
外で食べた美味しいものは家のキッチンで再現したくなるし、話題の調味料は必ずスーパーでチェックする。この行動力が食事以外に活かせたのなら、別の人生だったかもしれないと思うくらいだ。
 
年末年始、ゴールデンウィーク、お盆休み・・・・・・。世の中が人出溢れる頃、私は滅多に外出はしない。外出は好きだけれど人混みは嫌い。長期休暇では、毎年「ミッション」を決めてそれに没頭することが慣例のようになっていた。ひとりの作家の本を読み倒す、フルマラソンの距離を走りぬく、ミートソースを手間暇かけて作ってみる・・・・・・その休みをフルにつかってミッションに取り組んでいくのが心地よい過ごし方だった。
 
今度の正月休みのミッションは「燻製づくり」に決めた!
私は好奇心に火が点き、ワクワクしていた。
 
 
「燻製」という言葉はよく聞くものの、真正面から向き合ったことはなかった。
燻製関連の本を熟読し、燻製マニアのブログを徘徊し情報収集をした。
 
燻製とは、奥深くて面白い世界なのかもしれない。
燻製は簡単に言えば・・・・・・香りの良い木枝のチップを燻し、食材に煙をかけていく調理工程。食材を温度低めに長時間燻すのなら、本格的な仕上がりになるし、保存も可能だ。ただ我が家は集合住宅であるし、そこまで本格的なものは求めていない。キッチンで出来て、ちゃんと燻製になれば上等なのだ。「熱燻」と云われる工程ならば、中華鍋ひとつで10分~20分で出来あがる。保存は無理だが食材にスモークする燻製の醍醐味は味わえそうだ。
 
お正月休暇のミッションで新しく購入したものは、
鉄製の燻製鍋、スモーク用温度計、木枝を細かく砕いたスモークチップ。
 
中華鍋でも出来るのだが、私は「形から入るタイプ」。
折角ならばテンションを上げてミッションに臨みたい。スモークチップは燻製の味わいの決め手だ。サクラ、リンゴ、ブナ、ヒッコリー、ナラ、ウィスキーオークが主なるところ。食材とチップの相性を考慮することが大切らしい。指南書のアドバイスに従い、私はどんな食材とも相性の良いヒッコリーを選んだ。
 
燻製とは取っつき難いイメージはあるが、実のところ下ごしらえのポイントさえ押さえれば難しいものではないようだ。下ごしらえというのは下味と乾燥させること。フレッシュな果物だけが適さないくらいだ。
 
手順をしっかり頭に入れて、その時を待ち焦がれる日々。
あれやこれや考えながら準備するお愉しみは、まるで旅行前のトキメキのようだと思った。
 
大晦日の夜・・・・・・
とうとう「燻製の沼」にダイブする時がきた。
 
大掃除も終え、お風呂も済ませ、これからが大晦日の醍醐味を味わう時間。
 
鉄鍋にチップをひとつかみ。ザラメやコーヒー粉を混ぜても良いが先ずはシンプルに。選んだ食材は、初心者向けで下ごしらえ不要の「6pチーズ」「子持ちシシャモ」「味付けたまご」のラインナップ。スモーク用温度計を見つつ、煙の出具合を確認する。15分後・・・・・・火を止め、蓋をそっと開けてみる。
 
少しばかり煙たいが、その向こうには飴色の食材たちが鎮座していた。
 
スモークを落ち着かせる方がベストだろうが、待ちきれない!
チーズも、シシャモも、味付け卵も、同じチップでスモークされたとは到底思えない。素材の味とスモークの香りが溶け合って、個性を主張している。
 
燻製ってこんなに美味しいものだったんだ・・・・・・。
ハイボール片手にご機嫌な大晦日の夜。
我が家のキッチンが渋い燻製バーになった。
 
燻製初体験に味を占めた私は、お正月休みを燻製づくりに費やした。
元旦から空いているスーパーに走り、沢庵、ちくわ、ソーセージなど追加の燻製食材などを購入。お正月とは真逆の買い物だなと我ながら呆れてしまう。でも、時間を忘れて夢中になることこそ「私らしいお正月」なのかもしれない。
 
 
実は燻製づくりに関して一番心配していたのは燻製臭のご近所迷惑だった。
香りを付けることが燻製だから、匂いは発生するだろう。それがどれほどのものかやってみないと分からない。初体験の時、何度かベランダに出て確認してみたが、強いスモーク臭ではない。室内で焼き肉をする方が明らかに強いと感じるレベルだ。ただ、念の為窓を開けっぱなしにしない冬、洗濯物を干していない夜を選ぶようにしている。
 
 
燻製の沼も7年目・・・・・・私は相変わらず燻製を時折楽しんでいる。
色んな食材や調味料まで燻製にしたが、塩サバ、たらこ、枝付き干しブドウなどは最早定番になっている。どれが美味しく燻製に化けるのか? それを探すのがキッチン燻製の良いところ。いつもの生活にスパイスを加えてくれる。
 
最近、ひとしきり燻製時間を楽しんだ後のこと。
入浴してシャンプーしかけた時、髪についた燻製の香りに気づいた。
食材を燻製しているつもりでいたけれど、私自身も燻製されていたのだろう。
「燻製の沼」は、私にとって底なし沼なのかもしれない。
 
 
 
 
***

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2021-07-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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