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プロメテウスの罰


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久米 靖(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「プロメテウスの罰」というギリシャ神話をご存知だろうか。
 
プロメテウスはティターン(巨人)族の神。ギリシャ神話の最高神ゼウスに背いて人間に火を与えたため、コーカサス山の山頂に鎖で縛りつけられ、恐ろしい罰を与えられる。
 
その罰とは、生きながら鷲に肝臓を食べられるというものだ。しかもプロメテウスは不死であったため、肝臓は毎夜再生を繰り返し、死ぬこともできず永遠に近い歳月を苦しみ続けることになった。
 
この「プロメテウスの罰」と同じことが、ボクの日常生活で起こっている。しかもそれは、終わりが見えないまま、すでに数十年が経過している。
 
最初、この「自動再生する肝臓」の再生のスピードは緩やかだった。
 
始まりは、中学の時に創刊されたアニメ月刊誌『アニメ―ジュ』。
空前のアニメブームの中、夢中になって観ていた作品の数々が掲載された雑誌を毎月買い続けた。50号まで揃ったそれは宝物となり、捨てられなくなった。
 
次は『日録20世紀』という週刊の雑誌。1年1号形式で、20世紀の100年を振り返るという趣旨のシリーズだ。それぞれの年に起こった事件を初めとしてスポーツ、芸能、文学や美術に至るまで写真と記事でまとめたものだ。
 
1965年生まれのボクにとっては、20世紀の初頭から60年代くらいまでの知識は薄い。その前の時代について読むことで、何となく博学になった気がしたものだった。
専用のバインダーも購入して100冊全部揃えた。厚さにすると約60㎝となり、前述の『アニメージュ』と合わせて本棚の中で大きなウエイトを占めるようになった。
 
ところが、その『日録20世紀』が完結する前に、また心魅かれる雑誌が刊行された。
『週刊地球旅行』だ。「いつか旅したい憧れの地を毎週誌上で旅する」と銘打たれた通り、毎週1ヵ所ずつが様々なテーマで構成され、美しい写真が添えられていた。
 
ボクは旅行会社に勤めていて、この雑誌は旅行を組み立てる資料としてかなり有効だった。
これも全100冊。同じく約60㎝だ。
 
ここから「肝臓」の再生が加速度的に始まる。
当然のことながら、増殖した本は本棚に収まりきらず、溢れ出した。
苦渋の末、『日録20世紀』の中から特に興味のある20年分だけを抜粋し、残りは処分した。「肝臓」の一定部分を切除したのだ。
 
ところが、「肝臓」は別の形で再生し始めた。
隔週刊『ウィーン・フィル 魅惑の名曲』全50巻だ。しかもCD付なので、1巻当たりこれまでの倍のスペースが必要となった。
 
再び苦渋の決断をしなければならなくなった。
切除すべきは、中学の頃からの思い出の詰まった雑誌『アニメージュ』だと思った。
だがここで、やってはいけないことをやってしまった。「最後に一度だけ」という思いで見返してしまったのだ。
思い出が甦り、結局そのまま捨てることができずに“表紙とカラーページを残して”白黒ページだけを処分した。
 
残したカラーページは順番にファイリングしたが、これが大変な作業だった。
『アニメージュ』は1㎝程度の厚さがある雑誌だったので、背の部分は上から下までボンドが付けられていて、それが全ページを固定している。
このボンドをキレイに剥がすのにとても手間がかかるのだ。それを50冊分である。それだけの苦労をして切除した「肝臓」はわずか30㎝程度だった。
 
30㎝分はあっという間に再生した。
今度は隔週刊『NHK名曲アルバム CDコレクション』全70巻だ。
 
「ああ、今度は『週刊地球旅行』を切除だ」。
ところが、これは切除できなかったのだ。
旅行を企画する際の資料として、たびたび役に立っていたこともあるが、ある恐ろしい事実に気付いてしまった。
 
この雑誌はいわゆる“旅行のガイドブック”ではない。主なテーマは【世界遺産】などのみどころと文化・歴史、そして地図だ。
レストランや土産物店が多く掲載されているガイドブックは、3~4年経つと情報が古くなる。ところが、地図と歴史・文化は何年経っても変わらず、そのまま使えてしまうのだ。
 
繰り返される再生に悲鳴をあげ、とうとうボクは次の手段に出た。
広めの「ウォークインクローゼット」のある部屋に引っ越したのだ。
やれやれ、これで一安心♪ ではなかった……!!
 
新たな空間を得た「肝臓」の再生はもう留まるところを知らなかった。
『山口百恵「赤いシリーズ」DVDマガジン』がついにきたのだ!
彼女のデビューから引退までリアルタイムで見届けた大ファンのボクにとって、このDVDマガジンは聖域だ。絶対に切除などできない!
 
全38巻のはずだったこのマガジンは、当初掲載予定のなかった作品「赤い絆」が途中で追加されて全48巻になった。
さらに信じられないことに、「赤いシリーズ」とは全く関係のない山口百恵の別の主演ドラマ・「人はそれをスキャンダルという」までなぜか掲載されることになり、最終的には全55巻にもなった。
 
それでも「整理整頓」というささやかな抵抗で「肝臓」の再生をなんとか抑えていたのだが、ついに今年決定打が放たれた!
子供の頃夢中になっていた刑事ドラマ、『Gメン‘75 DVDコレクション』全129巻!! の刊行が始まってしまったのだ。
 
もはや手のほどこしようがない……。
やはり『プロメテウスの罰』は永遠なのだ。
 
世の中には「断捨離」や「片付け習慣」の本が溢れている。それのどれもが、「“片付け”をすると心がスッキリし、人生が好転する」ということを主題にして書かれている。
それは正しいと思う。ボク自身、「片付け」が心身に及ぼす極めて良い影響については身をもって知っている。
 
だから、何度切除しても「肝臓」が再生してしまう自分に自己嫌悪を感じ、人生が好転するときは永遠に来ないのではないかと恐れていた。
 
プロメテウスは3万年の罰の後、最強の英雄・ヘラクレスによって解放される。
ボクにとっての「ヘラクレス」は、意外な形で舞い降りた。
 
友人から言われたのだ。
「別にいいんじゃないの? わくわくするんでしょ、そういうの」
そうなのだ!
ただのコレクション癖ではない。自分を豊かにしてくれる「わくわく」の源泉だということに気づかせてくれたのだった。
 
そう考えると、とても気が楽になった。
別に「汚部屋」になっているわけではない。気楽に考えて、いつか「これはもう要らない」と確かに思える時がくれば別れればいいのではないかと。
 
もう一つ、別の恩恵があった。
ブログを始めようとして、すでにやっている数人の友人にいろいろ聞いたのだが、皆が一様に口にするのは、「ネタがなかなか続かなくて……」ということだった。
 
その時、思い至ったのだ。
「あれ? ボク、そんなにネタには困らないけど……ネタが増える方が多くて、かえって書くのが追い付かないぐらいだし……」
「あの国の歴史と、そこのクラシック曲を組み合わせて……」
「この年、日本で起こったこの事件を題材にして、自分の考えとからめて……」
連想ゲーム的に様々なテーマが思い浮かび、文章を構築する地盤ができてくる。
 
そう、再生する「肝臓」は栄養の処理工場としてちゃんと機能していた。
知識、知的好奇心、感動などの栄養を確実に消化してくれていたのだ。
 
プロメテウスは誰よりも先見の明があったという。
ボクの日常で常に再生を続ける「肝臓」は、未来を見据えていたのだ!
 
と、思いたい……
 
 
 
 
***
 
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2021-08-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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