チーム天狼院

めんどくさいのその先で



*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

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記事:関口早穂(チーム天狼院)

 


「ああ……めんどくさい」

 

 

家の玄関の明かりをつけ「ただいま」と空っぽの家に声をかける。

仕事、行き帰りの電車の中、街を歩く時、案外たくさんの人とすれ違ったり会ったりしている。時々は友達に会ったり家族と電話をしたりしているはずなのに、こんなに世の中に人はいるのに、どこか孤独で寂しさを感じる日々である。

なんとなくスマホを手に取り、特に見たくもないSNSを開けていくつかスクロールする。そんな日は一度座ったが最後。なかなか立ち上がる気がしなくなってしまう。帰りが遅かった日は尚更だ。床と接している部分から体が溶けてしまっているのではないかと思うほどである。

 

しかし、わたしはある場所に向かいたいと思う。

 


まずそこに行った後に後悔したことは、一度もない。

現代社会ではボタン一つでその準備もできる。薪をくべる必要もない。それなのになかなか体が動かない。疲れもとれるに違いないし、気持ちいい香りに包まれてスッキリする。そうだと分かっていても、気持ちと体が向かわない日がある。

 

そう、お風呂である。


お風呂や温泉が好きなのだが、好きなのにそこに向かえない自堕落パターンの自分が時折現れてしまう。



 

先日ひょんなことから、銭湯があることを知った。
それも家からたった20分ほど歩いたところに、だ。

家にもお風呂はあるが、なんとなくいい気がする。気分も変えてみたい。

休みの日の夕方に思い立ち、行ってみることにした。


いつもはスーパーに行くために曲がってしまう道を、今日はずっとまっすぐ進む。住宅地の中に煙突が見え、レトロな看板と自販機と共に銭湯を見つけることができた。

 

靴を脱いで、選び放題な番号の中から1つ選んでロッカーに入れる。

すると突然元気な声がかかった。

「お姉さん、初めて? 」

元気な番頭のお母さん。少しびっくりしながらも

「はい、初めて来ました」

と小さな声で答える。すると、テキパキと教えてくれた。

「そこの券売機にお金を入れてね。タオルとシャンプーは持ってきた? 」

「よく来てくれたね。全部持ってきて準備万端だね」

「1回入ると勝手が分かって、いいもんだなぁって思うよ、きっと」

 

親戚のおばさんと喋ってお世話を焼いてもらっているような感じで準備ができて、さくっと暖簾をくぐる。

昔ながらの壁にくくりつけられた扇風機の風が気持ちいい。

服を脱いで、髪をまとめて、いざ行かん! お風呂へ!!

とっても広くていくつかある浴槽。

絵に描いたような懐かしさの黄色い湯桶とイス。

さっそく体を洗って、湯船にそっと浸かる。

 

「快」「快」「快」「快」「快」「快」

 

頭の中はもはや「快」でいっぱいで、それしかなくなる。

自然と深く息が漏れ、逆にマスクの下ではこんなに浅く呼吸していたのかと驚いてしまう。

足を伸ばして手を伸ばして、誰もいないのをいいことに大きく伸びをする。

目の前には、ここが近所とは忘れてしまうぐらい広大な北海道の大地が描かれている。

波を起こすなどもして遊んでみる。

ゆったりと温まって、体も心もほぐれていく。

 

ふと周りに目をやると、さすが今時で「黙浴」なんていう張り紙が貼られている。

混んではいないが、なるほどみんな静かに入っている。

それでも、近所の人なのだろうか

「久しぶり〜」

「今日の夕飯はもうしてきた? 」

「今きゅうりがいっぱいあるから、帰りに家に寄ってってよ」

「じゃ、またね」

 

一言二言、ほんのちょっとした会話が交わされている。そんな何気ない会話を聞いているうちに心までホカホカして、自然と表情まで緩んでいく。

 

幼い頃に、祖父母に連れられてよく銭湯や温泉に行ったな、とふわっと気持ちが遠くに行く。あの頃は「どうしてわざわざお風呂に入りに出かけるの」「知らない人とお風呂に入るなんて恥ずかしいじゃん」と全く理解できずにいた。お風呂からはすぐに上がって、むしろ外で遊びたかったのを思い出す。

 

でも今はなんだか違う印象である。

温泉成分だったり、温まったりという効能もそうだけど、人がわざわざ外にお風呂に入りにいくのはそれだけじゃないのかもしれない。

今回特に感じたのは、自分以外にも(もちろんだが)人がいて、その人たち一人ひとりに歴史や家族や生活があること。みんなそれぞれの時間で頑張って生きて今日という1日を過ごしているのだなということ。そんな当たり前のことをふと思い出すことができた。知り合いでもなんでもない人たちの息づかいとか生活を感じてなんとなくホッとした自分がいた。張り詰めていた気持ちや疲れがたっぷりのお湯に溶けていく。

どこからともなく、今はこんな状況だけど自分も自分の生活をがんばろう、だなんていう気持ちが湧き上がって元気になってしまった。

銭湯っていいもんだな。

 

 

「ね、1回入れば大丈夫だったでしょ」

 

 

また入り口で元気なお母さんが声をかけてくれる。

「ありがとうございました。温まって、癒されて、よかったです」

瓶に入ったコーヒー牛乳まで飲んで、あんなにお風呂が面倒だと言っていた自分がすっかり銭湯を満喫して元気をとりもどしていた。

「夜も11時までやってるから、また来てね」

 

元気なお母さんにお礼を言って、家路に着く。

 

 

ちょっとした言葉をかけてもらったり、誰かの何気ない会話を聞けたりすることで自分が1人ではないのだと、自分の存在を確認することができた。

なぜか私は相当癒されていた。

ちょっとだけ地元に帰ってきたみたいな、そんな感じの復活感である。
銭湯は、プチ帰省だったのかもしれない。

 

なかなか会いたい人に直接は会えずに、帰省も控え、生の人間味を感じることがめっきり減ってしまった気がする昨今。

ちょっと冷えるな、とか自堕落パターンの自分が現れそうだな、という時にはまた銭湯に行くことにしようと思う。


◽︎関口早穂(チーム天狼院)

***

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