名字が僕に教えてくれたこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:那須信寬(ライティング・ゼミ日曜コース)
「やーい、おたんこなーす!」
「おい、ボケナス!」
「そこのなすびくん」
「マーボーナスにするぞ!」
「ねぇピーマンくん。あれトマトくんだっけ?」
小学校時代、数え出したらきりがないくらい名前でからかわれた。
だから自分の名字が嫌いだった。こんな名字に生まれたことを恨んだりした。できれば普通の名字に生まれたかった。鈴木、佐藤、田中などの友達が羨ましかった。
僕の名字は「那須」である。「なす」と読む。
小学生のときからとにかく名字でからかわれることが多かった。
なんで僕だけこんな目に合わなきゃいけないんだ! 何か悪いことをしたのか。なんでこんなにからかわれるんだ。ただ那須という名字で生まれてきただけじゃないか。僕は納得できなかった。
給食で茄子が出たときなんか最悪だ。
「うわ〜那須が茄子食ってる〜」
となりのクラスからも人がやってきて
「おお〜共食いじゃん!」
僕は自然と茄子を皿の端に寄せるようになっていった。
もっとも嫌いだったのは自己紹介だ。
「那須です」というたった4文字を言葉にするだけで胸が苦しくなった。
なんとか言葉にしたあとの、ざわっとした反応が心の底から恐ろしかった。
「なすって本当の名前?」なんて聞かれたりもした。小学生は残酷だ。
5年生のときに、みんなで保育園に行って園児たちと遊ぶ行事があった。みんなは楽しみにしていたが僕は憂鬱だった。
やはり最初は自己紹介だ。僕はできる限り小さな声で「那須です」と言った。「誰にも聞こえないでください」と願いながら。
その後で名前が呼びやすいようにシールに名前を書いて胸に貼るように言われた。なるべく小さく書いたが、「それじゃ読めないよ」と先生に言われて書き直しさせられた。誰かがからかって来るんじゃないかとビクビクしながら行動した。そんな園児は一人もいなくて、みんな無邪気に遊んでいた。
6年生に進級すると明らかにからかわれる回数が少なくなった。あまり僕の名字の話題が出て来なくなった。少し安心して過ごしていたが、給食で茄子が出たときはやはりいつものお祭り状態だった。
振り返って考えてみると、周りも少し大人になってきていたのかもしれない。そして僕自身も少し大人になりつつあった。そんなときに僕の運命を変える課題が先生から出された。
「家庭科でクッションを作ります。何のクッションを作るか考えて、布を買ってきてください」
休日に友達と一緒に布を買いに行くことになった。布屋さんには数え切れないくらいの種類の色とりどりの布が置いてあった。どれにしようか見当もつかない。お店の中をぐるぐる歩き回っても一向に決まらない。
ふと、SALEの旗が目に入った。他の布の半額くらいで売っている。安いほうがいいかな〜 とワゴンを漁っていると紫色の布を見つけた。
閃いたというのだろうか、降りてきたという感じだろうか。この布を見た瞬間に
「茄子を作ろう」
心のなかで、そうつぶやいた。
次の家庭科の授業で「茄子のクッション作り」が始まった。
「那須が茄子作ってる〜」
みんなに笑われた。でも、今までの気分とはまるで違う。なんだか爽快な気分だ。笑われているというより笑わせているって感じなのかな。
僕はめちゃくちゃ不器用で、布の切り方、縫い方、どちらもひどかった。簡単な形なのにみんなよりも作業が遅く放課後、居残りをすることになった。先生にもちょっとだけ手伝ってもらって何とか完成した。
出来上がったクッションはいびつな形で、ところどころ糸がほつれたひどい見た目だった。でも、僕はそのクッションが愛おしく思えた。
作品が出来上がった次の日、学校の廊下を歩いていると数人の先生たちが部屋で話し合っているのが見えた。
机の上には、2つのクッションが置いてあった。1つは、見事なハンバーガーだった。バンズにパテにチーズやレタスも表現されている。小学生が作ったとは思えない素晴らしい作品だ。
もう一つはみすぼらしい茄子のクッションだった。遠目にも下手なのがよくわかる。なぜこの2つが並べられているのだろう?
「どっちにしましょうか?」「こっちは上手だよな〜」「茄子の方も良いですよね」
そんな会話だった。次の家庭科の授業でコンクールに出品するクッションが発表された。選ばれたのは見事なハンバーガーだった。
これは確かめたわけではないので僕の予想になる。あの日、立ち聞きした先生たちの会話は、コンクールに出品する作品を選ぶためのものだったのだろう。そして僕の作品が最終候補に残ったのだ。どこからどう見ても下手くそなクッションが残った理由。それは、「那須が茄子を作った」というのが先生たちにとっても面白かったのだ。
僕は自分の名字が嫌で嫌でしょうがなかった。でも、それを受け入れて、逆に自分が面白がってみたら、みんなが喜んでくれた。僕はこの名字がとても大切な自分の個性だと気づくことができた。
自分のコンプレックスに悩んでいる人はたくさんいると思う。もしかしたら、名字なんかよりも大きなコンプレックスを抱えている人も多いかもしれない。でも、その事実と向き合って受け入れることができたら、考え方が変わるかもしれない。そしてさらに面白がることができたら、誰かが喜んでくれるかもしれない。
欠点は逆に武器になる。
そのことをずっと嫌いだった名字が僕に教えてくれた。
今の僕の最大のコンプレックスは髪の毛が薄くなってきたことである。
さぁ、どうやって面白がってやろうか。
逆に楽しみだ。
***
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