図書館24時 : 仕事はカウンターだけじゃない、バックヤードにもあるんだ!
記事:しの(ライティング・ゼミ)
これはとある新米司書の、とある図書館の、とある一日の記録である……。
AM 7:45
図書館の朝は早い。
AM 9:00の開館に向けて、始業はAM 8:30だ。
私、尾崎は一週間前にこの図書館に就職した新米司書だ。研修やガイダンスばかりの一週間が終わり、今日から現場での仕事をする。
わくわくしながら事務室のドアを開ける。
「おはようございます」
「おはよう。早いね」
一番乗りかと思ったら、小川先輩がパソコンに向かいコーヒーを飲んでいた。
小川先輩は5つ上の男性で、いつも穏やかな顔をしている。図書館にいたらいいな、と思う優しい司書さんそのもの、といった感じ。
「今日からまた、宜しくお願いいたします」
「うん。よろしく。
それじゃあカウンターに行こうか」
小川先輩が立ち上がり手招きをする。
え! もうカウンターに行けるの!?
図書館の仕事はカウンターだけではないと思いつつ、やっぱり図書館と言ったらカウンターでしょ! と思っていた私は胸が高鳴った。
憧れの、カウンター……。
「先輩、これは……?」
「うん、これ開館までに戻しておいて。あと、朝刊、綴じておいてね」
カウンターにあったのは、本がたくさん載った、ブックトラック。
そう、司書がよく押している、車輪のついた本棚。
「閉館後に戻しきれなくて」
片手を挙げて事務室に戻る小川先輩。昨日の返却本のよう。色々な本が借りられているのだなぁ、としみじみ思う。
でも、結構量がある。急がないと!
あと、新聞! 図書館とはいえ、実は新聞を目当てに来る人も多い。文字がきちんと見えるように、しわが伸びるように……。
本は、背表紙のラベルの請求記号を見て、並び替えて。ブックトラック、重い!
……
あ、もうすぐ開館だ!
AM 10:00
なんとか開館前に本の元の場所に戻し、事務室に戻った。
当たり前だけど、憧れのカウンターには座れなかった。にこやかに利用者さんに対応する小川先輩を見て、早くあんな司書になりたいと思った。
ベテラン司書の山田さんに図書館システムについて教えてもらっていると、元気のよい声が聞こえてきた。
「っちわー! ○○宅配便です」
「はい! ありがとうございます!」
ここは新人の私、率先して受け取りに行く。
爽やかな笑顔のお兄さんに、受け取りのサインをする。
「荷物、ここ置いていきますね!」
運ばれてくるダンボール。
「ありがとうございます……ん?」
ダンボール、多い。そして重そう。
就職前に引っ越してきたときを思い出す量だけど……?
「やっと届きましたか」
気が付くと山田さんが後ろに立っていた。
「山田さん、このたくさんのダンボールは……? 引越しですか?」
「うん、注文していた新しい本と、閉館になった図書館からの寄贈図書が一度に届いたのね。
尾崎さん、新しい図書と寄贈の図書、分けてブックトラックに載せておいてもらえる?
新しい図書は書誌と所蔵を登録して、装備してすぐに図書館に出すから」
「(書誌……?)はい、承知しました」
まず、新しい本の入ったダンボールを片っ端から開け、ブックトラックに載せる。
後で聴いた話によると、注文した新しい図書は、注文との間違いが無いかを確認をして、書誌という本のデータと所蔵の記録を、図書館システムを使って登録、受入をするそうだ。
書誌と所蔵を登録することで、図書館の資料検索エンジンで、図書過去の図書館にあることが表示されるようになる。
登録後に装備をして、図書館に配架される。
新しい図書の載ったブックトラックを担当の先輩に預けたら、今度は寄贈図書だ。
……結構量が多いな……。
PM 13:00
お昼休みが終わって、午後の業務に入る。
午前中は大量の本をダンボールから出し、ダンボールを解体した。思ったより肉体労働だった。
今朝急いで自分で作ったお弁当、寄ってしまって卵焼きとご飯が、ソーセージのケチャップ味になっていた。残念。
それにしても、FAXの音がうるさいお昼休みだったな。
カウンターだった小川先輩は、別の人と変わって今からお昼休み。私の残念なお弁当とは打って変わって彩りの良いお弁当が見える。
「尾崎さん、この本探してきてくれる?」
ベテランの山田さんから手渡されたメモは、老舗和菓子屋の女将の自叙伝。
こんな本あったのか、と思いながら、本のある書架を目指す。
えっと……あ、あったあった!
「山田さん、本ありま「尾崎さん、その本どうしたの?」
私に声をかけてきたのは、アルバイトの東さん。
私の持った本をじっと見つめている。
「山田さんに頼まれたのですが……」
「え! あらやだ~、今みんなその本探しているのよ!」
「え? この本ですか?」
「他の図書館からも問い合わせが来ているの。FAX見てなかった?」
「(他の図書館……?)」
東さんに手招きされて、東さんの机とパソコンを覗き込む。
机には県内各地の図書館から届いた貸出申込書のFAXがあった。
「どうやらこの本、県内でうちにしかないみたいね」
東さんが県内の図書館の資料を横断的に検索できる検索エンジンを使って調べてくれた。
でも、なんでこの本が? 別に本屋大賞や芥川賞を取ったわけでもないのに?
「あ、尾崎さん本あった? 東さん悪いね、尾崎さんに先に頼んじゃって」
仕事の合間の紅茶を持った山田さんに、声をかけられる。
「山田さん、この本、人気なのですか?」
「あぁ、なんか今朝のラジオでその著者の方、しゃべったみたいでね。
東さん、他の図書館には、3件目以降は電話して遅くなる旨伝えておいてね」
「はぁい、わかりました~」
東さんが教えてくれたことには、図書館では自館が所蔵していない本を他館から貸出してもらうサービスがあり、県内をトラックが走っていて、週に1度回ってくるらしい。
私が高校のときは、学校司書さんが県立図書館まで借りに行ってくれていた。便利なサービスだ。
そして、ラジオの影響力は大きいようで、特に朝早くのラジオはシニア世代に人気だとか。
そういえば、利用者さんもシニア世代の方、多い。
PM 17:00
図書館は閉館になる。
私たちも定時だ。
例の女将の本、他館へ貸出してしまったけれども、気になってきた。
午後は新しい本の書誌・所蔵登録を山田さんに教わった。
「おつかれさまです」
「おつかれさま~」
閉館後の作業を終えて、みんなが続々と帰るなか、小川先輩が残っていた。
「先輩、今日はまだ帰られませんか?」
「あぁ、うん。次の展示、何にしようかと思ってね」
展示、あの目立つ本棚のところ!
うちの図書館では、入ってすぐの書架に、毎月テーマを替えて本を並べて展示している。
東さんの作る飾りもとてもかわいらしい。
展示案、小川先輩も作っていたのか。私もいつかやってみたいな。
「尾崎さんにも、そのうち考えてもらうよ」
「え……!本当ですか!」
思っていたことが顔に出ていたかと焦りが半分、嬉しさ半分で驚いたように答えた。
「先輩、おつかれさまです」
「おつかれさま」
本が好きだから、図書館には読書でも勉強でも、ずっとお世話になったから、図書館に就職した。
でも、私が見ていたのは、図書館の表側だけだった。
ディズニーランドのキャラクターばっかり見ていたのと同じだった。
夢の国には、それを支えるたくさんのスタッフがいて、それぞれ仕事をしている。
図書館だって、たくさんの本が並んで、利用者さんに届けられるまで、利用者さんの質問に応えられるまで、多くの人が作業をして本を準備して、また司書は訓練を積んで、表に出る。私の憧れた図書館が、誰かの、本にあふれた夢の国になりますように。一日も早く、私がその一員になれますように。
まだまだ仕事はたくさんあるし、司書としても新米だけれども、この気持ちは忘れませんように。
帰り道、通用口を出て、事務室を振り返る。
窓から光が漏れている。先輩が、仕事をしている。
図書館の夜は長い。
<<終わり>>
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