機関銃のようなマッサージ師が教えてくれた、人生のツボ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:光山ミツロウ(ライティング・ライブ福岡会場)
自分の人生に「はっ!」とする気づきをもたらしてくれるのは、何も高名な作家の著作や、お金をかけて見聞きした体験だけではない、というのは本当で、例えばすれ違いざまに聞こえてくる若いカップルの甘い会話、一瞬だけ見た電車の卑猥な吊り広告、酒場で偶然隣り合わせたオッサンの酒臭い独り言、その他B級ホラー映画のチョイ役の断末魔等、何気ない日常で耳にする言葉や目にする言葉からも、人生を豊かにする気づきは、これを得ることができるように思う。
それが日常の風景であればあるほど、あるいは「はっ!」とする気づきなど全く期待していない状況であればあるほど、その気づきの大きさに愕然とするものだ。
逆にいうと、自分がいかに日常をボサっと生きているか、知らないうちに惰性で人生の歩みを進めてしまっているか、ということでもある。
では、なぜ私が、カップルだのオッサンだのチョイ役だのといった、ごく日常の風景を省みるに至ったかというと、先日、とある整体マッサージ屋「M」において、機関銃のようなマッサージ師に、図らずも人生のツボを押してもらったからにほかならない。
マッサージ屋。
それは仕事や運動で身体を酷使した人々が、癒しを求めに行く場所であって、多くのお疲れ気味の大人にとってごく普通の景色であるように、今の私にとってもカップルやオッサンやチョイ役と同等の、日常の風景であった。
おそらく多くの利用者が、身体がきつい、だるい、だから癒されたいという期待をもって(あるいはそれ以外は期待せずに)その門を叩く場所のように思う。
かくいう私も、数カ月前にした離婚、仕事での過労、全くうまくいかない人間関係等、肉体的にも精神的にも今ひとつ人生の一歩が踏み出せていない状況にあって、もう無理! 助けて! とばかり、以前より気になってチラシを取って置いた「M」の門を叩いたのであった。
手作り感あふれるチラシには60分で2,500円という異様に安い価格設定、場所は良く言えば繁華街……見たままに言えば飲み屋街のマンションの一室、そして敢えて言及してある「施術者は女性です!」の旨等、怪しげな情報ばかりが並んでいた。
が、今は情報化社会、早速ネットで調べてみると、健全で好意的な口コミと共に星マークが5つ並んでおり、ひとまず安心した私は、予約を取ってそのマンションに向かった。
ドアを開けるとワンルームの部屋に通常のマッサージ台、小ぎれいな事務机、◯◯マッサージ組合の旨印字されたカレンダー等が目に入り、アラフィフと思しき女性が笑顔で迎えてくれた。
妖艶なアロマ等も焚かれていないし、清潔で無味無臭だし、これはどう見ても健全な店であるよな、と完全に安心した私は、言われるがままに台の上にうつ伏せになった。
が、そうはいっても密室で初対面の女性とマンツーマン。
どことなく気まずさを覚えた私は、肉体的精神的疲労も相まって、申し訳ないがここはコミュニケーションのスイッチをオフにしてしまおう、なるべく口数少なく静かに横たわっていよう、そうして高尚な考え事をしたりして今の自分と向き合い、心身ともにリフレッシュしよう!
願わくばこの女性もそれを察してくれて、黙って施術してもらえると嬉しいな、と台の穴に顔をうずめながら心静かに願った。
しかし、自分の思い通りにいかないのが人生である。
それが証拠に、施術が始まるやいなや、彼女は猛然とおしゃべりを始めたのであった。
それは機関銃のようであった。
子供の頃に観た映画『ランボー3/怒りのアフガン』で、シルベスター・スタローン扮するランボーが怒りに任せて機関銃をぶっ放す……あの画と音が脳内によみがえった。
一体いつ弾を補充しているのか、私の身体が凝り固まっている原因の推測に始まり、他のマッサージ店の怪情報やコロナ情勢に対する私見、はては自分の身の上や近所にある深夜食堂の味の変化まで、ダダダッ! ダダダダ、ダダッ! 彼女の怒りの銃撃(おしゃべり)は止むことがなかった。
私は自分に向き合うどころか、流れ弾に当たらぬよう相槌を打つのに必死であった。
唯一の救いは彼女の腕が確かで、施術が進むにつれ身体のコリがスーッとなくなっていったことであったが、だからこそ、お願いですからその銃をしまってくださいこの通りです、と私は切に願った。
そうして相槌を打つのにも疲れた頃だった。
彼女は私の脚に数秒触れるやいなや、次のような弾を放った。
「お客さんの重心、完全に左ですね。日常生活でいつも左足から踏み出してますよね? たまには右足から一歩踏み出してみると楽になりますよ」
はっ! とした。
その通りだったからだ。
朝ベッドから起き上がる時、玄関を出る時、横断歩道を渡る時、階段を上がる時……私はこれまでの日常において、何をやるにも常に左足から一歩を踏み出していたのだった。
こんなこと、考えたこともなかった。
と同時に、こうも思った。
自分は日常もさることながら、人生においても一歩を踏み出す時、いつも同じ踏み出し方でしか踏み出していなかったのではないか? それでいて何か行動を起こした気になってはいなかったか? と。
そして(諸説あるものの)かのアインシュタインの次の言葉も思い出した。
『同じことを繰り返しながら違う結果を望むこと、それを狂気という』
離婚や人間関係の行き詰まり等、人生が思うようにいっていないのに、何かした気になって変化のない現実に責任を転嫁している私はまさに今、狂気に陥っているのではないか。
初めて行ったマッサージ屋で言われた何気ない一言に、ここまで思い込んでしまう私は、どうかしているのかもしれない。
いや、絶対にどうかしている。
冷静になった私は、引き続き飛んでくる弾に適当な相槌を打ちながらも、しかし施術が終わるまでの間、彼女の発した「違う脚で踏み出すと良いかもよ」という旨の言葉が頭から離れなかった。
どうやって右足で踏み出すか、つまり人生においてどうやって今までとは違う一歩を踏み出すか……新しいことに踏み出すことは良いことだが、その踏み出し方に工夫をする時期が、今のあなたには来ているのではありませんか? そう彼女に言われているような気がした。
まさか初めて訪れたマッサージ屋で、しかも私が苦手とするおしゃべりなマッサージ師から、こんな気づきを頂けるとは思いもよらなかった。
自分の人生に「はっ!」とする気づきをもたらしてくれるのは、何も高名な作家の著作や、お金をかけて見聞きした体験だけではない。
自分次第で、カップルやオッサンやチョイ役、そしておしゃべりなマッサージ師からも気づきは得られるのだ。
全ての施術が終わり、脚のツボだけではなく、人生のツボまで押してもらったような心地になった私は、玄関まで見送りに来た彼女に深々と御礼を述べ、店を後にした。
そう、もちろん右足から。
***
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