新喜劇女優・島田珠代で泣いた日
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記事:川端彩香(ライティング・ゼミ10月コース)
島田珠代姐さんをご存知だろうか?
大阪にある、なんばグランド花月をメインに上演されている「吉本新喜劇」のベテラン女優である。関西の人はほとんどの方がご存知だろう。最近は全国ネットのテレビ番組でも見かけることがあるので、関西以外の方もご覧になってことがあるのではないだろうか。
珠代姐さんは、とんでもなく恥ずかしくて、普通に生きていれば一生することがないであろう動きを、息をするようにする。そして発する言葉はもれなく意味がわからなく、極めて下品なものが多い。
「親が子どもに見せたくない芸」というランキングがあれば、上位に食い込むレベルではないかと思っている。免疫がない方は引いてしまうこと間違いなしだ。
そんな彼女が出演する吉本新喜劇を、私は物心つく前から父に見せられていた。言葉もよくわかっていない私を、父は吉本新喜劇が始まる時間になるとテレビの前にちょこん、と強制的に座らせていたのだ。
というのも「関西人たるもの、面白くないとあかん。面白ければなんでもオッケー!」という謎の我が家(というか父)の教育方針によるものである。おかげで、怒られそうになっても、ぶん殴られそうになっても、一発逆転で笑いを取れれば怒られないし殴られないという、これまた謎の救済ルールも我が家にはある。ただ、父は笑いに厳しいので、突破するのはなかなか難しいのだが。
そんなこんなで吉本新喜劇の視聴が習慣になってしまった私は、今でも毎週土曜のお昼はテレビの前に座っているのであった。
正直、私は珠代姐さんであまり笑うことがなかった。面白いのだが、なんというか、本当に何を言っているのかわからないのだ。加えて意味のわからない動き。ここには書けないような下ネタも多いし、特に思春期の頃は笑っていいのかどうか複雑だったのもある。そんな私が、珠代姐さんを見て笑うどころか、泣く日がくるなんて。
元彼に振られて数ヵ月、私はなかなかに引きずっていた。仕事をしているか寝ているか以外は、どうすれば復縁できるのかと考えていた。連絡先や写真を消していて正解だったと思う。残していればストーカーと化していた可能性が非常に高い。危なかった。
彼のことを思い出さないように、考えないように、できるだけ予定を入れて残業もたくさんした。空白の時間を作りたくなかったのだ。
それでもずっと動いて考え続けることもできないので、空白の時間ができるたびに思い出し、どうにもできない思いでモヤモヤし続けていた。
そんなある日、Twitterを見ていると「島田珠代」がトレンドに入っていた。どうやら全国ネットのテレビ番組で大暴れしたらしい。新喜劇の座員が全国ネットの番組に出演するのも少なくなくなってきたが、トレンドに入っているのは初めて見たかもしれない。そして「面白い」というツイートが圧倒的に多い。気になった私は見逃し配信でその番組を視聴した。
Twitterにあったように、確かに珠代姐さんは大暴れしていた。意味のわからない言葉を言いながら、スタジオ中を変な動きで駆け回っていた。そしてやっぱり、めちゃくちゃ下品だ。いつも通りの変わらぬ珠代姐さんがテレビの中にいた。だけど、私は泣いていた。
最初は笑っていたのだ。笑っていたというより、苦笑いしていたという方が正しいかもしれない。いつもの、笑っていいのかどうか複雑な芸だった。
でも、自分の土俵である劇場でなくても、批判が殺到しそうな芸風でも、堂々と恥じることなく、いつも通りに立ち振る舞っている。一種の尊敬の念さえ抱き始めていた。そして、気付いたら泣いていた。
あれ、私泣いてるやん、と気付いたのは珠代姐さんの出番が終わってからだった。
なんで泣いてるんだろう。泣くような内容ではまったくない。感動なんて一切ない。本当に、ただただ変な動きをして、ここに書くのも憚られるような、下品な言葉を発しているだけの様子を見ているだけなのに。涙が止まらないのだ。珠代姐さんを見てみんなは笑っている、もしくは引いているのに、私だけ泣いている。なんで涙が止まらないんだろう。
涙が引いたあとも考えたけれど、自分がなぜ泣いているのかは結局よくわからなかった。でも悩んでいることはどうでもよくなった。意味不明な言動を繰り返す珠代姐さんを見ていると、自分のことを振った男のことなんて、どうでもよくなった。そんな男のことをうじうじ考えているのも馬鹿みたいだと思えた。そして笑いは人を救うということを体感した瞬間でもあった。
珠代姐さんが、自身の仕事を恥ずかしがっている娘さんに対して「これがお母さんの仕事だよ!」とテレビを通して言っていた。
確かに私も、自分の母親が珠代姐さんと同じことをやっていたらと考えると、複雑だと思う。
でも私は娘さんに言いたい。
あなたのお母さんの仕事は、素晴らしい仕事だよと。
そして先日も全国ネットのテレビ番組で珠代姐さんを見た。有名女優の方が、一緒にネタをしていた。相変わらずブレない珠代姐さんを尊敬すると共に、笑わせてもらった。あの頃ズルズルと引きずっていた元彼は良い思い出だったと思えるようになったし、しばらく珠代姐さんを見て涙を流すこともなさそうだ。
ありがとう、珠代姐さん。
今後もどん底になったとき、私はあなたを見て元気をもらうことにします。
決して真似はできないけれど。
***
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