こんなところでも毛は育つ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:須賀泉水(ライティング・ゼミ10月コース)
「今日は点数が悪かった人から返します」
中学3年生の3学期。期末テスト後の数学の授業の冒頭、答案用紙の返却を始める前に先生はこう言った。先生、意地悪なことするなあ。一番に呼ばれる子、かわいそ……「佐藤さん」
最初に呼ばれてしまう誰かの心配をしている最中に呼ばれたのは、私の名前だった。
想定外すぎて反応できずにいたら、もう一度呼ばれる。
「佐藤さん」
この後のことは、授業が終わって先生に廊下に呼び出されるまで何も覚えていない。
記憶を失うほどほどショックで恥ずかしくて辛かった。でもずっとヘラヘラしていたような気がする。
そう思うのは、私が相手に合わせた態度しか取れない気が弱い人間だったから。
相手が誰であっても、嫌われるのが怖かったから。
「佐藤さん、ごめんね。3人同じ点数だったんだけど、佐藤さんなら傷つかないと思って一番に呼んだのよ」
「そうなんですね! あはは~」
私だって傷つくわ! という心の叫びを見せることができなかった私は、馬鹿みたいに明るく笑って見せた。弱いところを見せることができないせいで、人からは図太く見えるのだろう。そう自覚した、記憶の中での一番古い出来事。
これ以降も私はずっと、図太く見せかけるけれど、ハートはガラスのまま大人になった。
社会人になり3年目、部署異動をした先の上司に唐突にこう言われる。
「お前は見掛け倒しだな」
明らかに褒められてはいない言葉にも、私はいつものように、傷ついた気持ちを悟られないよう笑ってごまかそうとした。
「ほら、そういうところ。なぜ笑う? 腹が立っただろ? 本音を見せて嫌われるのが怖いのか?」
図星だった。図星と言うか、そう言われたことで、私ってそういう人なのだとしっかり認識できた気がする。
「俺が言う見掛け倒しの意味は、明るそうに見えて実はめちゃくちゃ根暗って言う意味な。我慢して本音を隠しているうちは、誰もお前のことなんか好きにならんぞ」
そこまで言われてもまだ私はヘラヘラしていた。上司の言う通り、腹をたてたり傷ついている気持ちを悟られて嫌われるのが怖かったから。
人に嫌われることを過剰に恐れているせいで、このような反応しかできなかったのだ。
こんなにはっきりと痛いところを突かれて、私は私について真剣に考え始めた。
私はとても気弱で繊細だと思う。でも人からそう思われたくはない。だって、そんな私では人から嫌われると思っていたし、自分でもそんな弱い自分は好きじゃないから。
でも実は、分かる人には分かってしまう私の虚勢。こんな自分を変えたい。どう変わればいいの?
その後もガラスのハートに何度もひび割れを起こしながら、同じ失敗を繰り返しながら。
何年も悩んだ挙句、答えは2つにまで絞れた。
1,私のハートはガラスでできていることを、人に理解してもらうようにする。
2,人からこう見られたいと思っている理想の私、明るく強い自分になる。
どちらの自分なら、自分で自分のことを好きになれるのだろうか。
そう考えた結果、答えは2番。明るく強い自分を目指すことにした。
よし、ガラスのハートに毛を生やそうじゃないか。
育毛のために、こんなことをしたら嫌われるのではないか? と、今まで絶対にできなかったことに挑戦することにした。それは、洋服を試着して買わずに帰るチャレンジ。
え? しょーもなっ! と思われるかもしれないが、それがショップの店員さんであっても、私は嫌われることが恐怖で、「お似合いですよ~」と言われようものなら、似合っていない自信があっても、「これください」と、にっこり笑って言ってしまう人間だった。
まずは自分と距離のある人から試す。育毛トレーニングにはピッタリの場所だ。
今日は絶対に服を買わないと決めて、お店へ出かけ試着をする。断るハードルを下げるために、似合わないに決まっている服を選ぶ。試着を終えカーテンを開けると、「お似合いですよ~」と店員さん。
「ん~、ちょっと思っていたのと違うかも……」
相手の顔色をうかがいながら、恐る恐る反抗をしてみたところ、店員さんは笑顔で「そうですか~」と言って終わりだった。
あ、こんなことでは嫌われないのだ、という初体験。
たった一度のチャレンジで、私のガラスのハートに産毛が生えた。
この後も同じ訓練を何度も繰り返す。
そのたびに、断っていいんだ、本当のことを言っても大丈夫なのだと、成功体験として積み重なっていった。
まだ身近な人に対して本音を言えていない産毛で訓練生の私に、その機会は訪れる。
友人から、全く興味がない遊びに誘われたのだ。今までの私なら、「行く行く!」と、必要以上に嬉しそうに誘いに乗っていたところ、「ごめんね、その日は予定があって行けないわ」と、嘘をついて断ってみた。
友達の反応は、「了解! また誘うね!」
え? こんなにあっさり? 嫌われてない……みたいだね?
断る、自分の気持ち正直に伝える。これらをすると人に嫌われると私は勝手に思い込んでいた。そんなんじゃ誰にも好きになってもらえないぞと、ガラスのハートにチョップを食らわせてくれた上司のおかげで、長い時間をかけて私はそのハートに剛毛を生やすことができた。もじゃもじゃのハートを持っている自分の方が、自分で好きだと思えるし、今では生きることが楽になったとさえ思える。
剛毛をかき分けると、そこにはちゃんとガラスの分け目が見えるのもまた、悪くないと思っている。
***
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