最後の食事はおにぎりで
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記事:栗(ライティング・ライブ大阪会場)
おにぎりはすごい。誰でも簡単につくれて、中に何を入れても構わないというふところの深さがある。逆に塩だけで握ってコメのおいしさを味わうのもいい。単純なのに飽きがこない。
子供の頃、遠足で食べたおにぎりはまた格別だった。外で食べると何でもおいしい説はあるが、それがサンドイッチだと少し違う気がする。湿った海苔にかぶりつき、もっちりした白米と具材のハーモニーを口いっぱいで味わう。日本に生まれてよかったと感じるひとときだ。
大人になって自分で握るようになってからは、子供たちのお弁当に必ず入れた。弁当づくりに飽きたときは、中におかずを全部入れた特大バクダンおにぎり。ぱっと食べれるので、部活で腹ぺこの子供には意外と好評だった。誰でも似たような思い出はあるのだろう。
そして歳を重ねて、最近思うようになった。もし明日死ぬとしたら、最後の食事もやっぱりおにぎりにしたい。それは今から20年以上前の記憶と結びついている。
結婚して1年たち、長女の生まれる予定日の話。夜中に陣痛らしきものがやってきたので、朝を待ってタクシーで病院に行く。
「初産なので時間がかかりますよ~」
看護師さんに言われ、病室のベッドに横になり、お腹の痛みに耐える。痛みの間隔が短くなれば次のステージに進める。分娩室へ移動できるのだ。
でも、いよいよかと思えば痛みが遠のいていく。やがて昼が過ぎた。
「早く出てきてくれ~」
との願いもむなしく、波のような痛みが来ては止まるだけ。全身に力を入れるので、体力がどんどん奪われていく。
おなかがぐうぐうと鳴り出した。横のテーブルには、さめた病院食が置いてある。まずそうで食欲がわかない。出産は病気じゃないからしようがないけど、豪華な食事が売りの病院にしたらよかったなと、少し後悔。
夕方になって、実家の父がやってきた。ベッドに近づきもせず、
「調子はどうや」
「まだ……。」
息も絶え絶えに言うと、それ以上何も言わない。父は極度のこわがり。私が痛そうにしているのを見るのが怖くてしようがないのだ。知らぬ間に部屋を出て帰ってしまった。
夜になって、仕事帰りの夫が来てくれた。夜中の出産に備えてくれるらしい。でも、営業の繁忙期だった夫はよれよれで、しかも明日は会社で資格試験があるというタイミングの悪さ。
「しんどい……。腹、へった……。」
疲れのにじむ夫の顔を見て、あっと思った。そういえば昼に来た父がタッパーを置いていったのだった。私の母は仕事で忙しくて病院に来る時間がない。その代わり、食事を父に持たせてくれたのだ。
タッパーを開けると、海苔で巻いたおにぎりがぎっしり入っている。
「やったー!」
2人でかぶりつく。中身は私の大好きなシャケとたらこ。えさにありついた原始人のように必死で食べる。おにぎりがこんなにおいしいなんて! 20個のおにぎりがあっという間になくなってしまった。
よみがえった2人に、そこから長い闘いが待っていた。部屋の電気は消されて真っ暗。眠気にあらがいながら、夫は試験のテキストを広げて読もうとする。痛がる私の腰を時々押しながら、だんだん目が開かなくなってくる。夜通しそれが続き、いつのまにか2人ともベッドで気を失った。
翌朝まで、結局生まれなかった。真っ赤な目をした夫は、着替えのために家に帰っていった。1人になった私は、今日も同じことを繰り返すのかと思ってちょっと絶望する。でも、昨日のおにぎりが私にパワーをくれた。
「よし、今日こそ出てこい!」
お腹に向かって言い、私は臨戦態勢に入った。痛みをこらえ、ベッドから立ち上がる。病室を出て廊下に立った。映画「ロッキー」のテーマ曲が頭の中を流れる。
昨日一日、力を入れていたせいで全身筋肉痛だ。足がもつれそうになりながら、ゆっくり廊下を歩きだす。ときにお腹に強い痛みがやってくるが、立ち止まってこらえてやり過ごす。
廊下を一周したところで痛みがさらに激しくなり、病室に戻ってベッドに倒れ込む。それを何度か繰り返すうち、とうとう夕方になった。
痛みの間隔が短くなったようだ。最初の陣痛から既に40時間以上。もう体力の限界。そこへ看護師さんが来て、子宮口の開きを確認、
「そろそろですね! 分娩室に行きましょう」
「おぎゃあ~~!」
赤ちゃんの泣き声が響き渡った。ついに長い闘いが終わったのだ。
あれから二十数年、あんなにきつかったはずなのに、痛みの記憶はおぼろげだ。ただ、はっきり覚えているのが塩味のきいたおにぎり。以来、あれを超えるおにぎりには会っていない。それも当然だ。そこには「元気な子を産んでくれよ!」という親の気持ちがたっぷりしみ込んでいたのだから。おかげで出産を乗り越えることができた。
人生の最後におにぎりを食べること、それはコメではなく思い出を口にすることなのだろう。両親の愛に満ちた思い出、生きてきてよかったと感じること。いろいろあっても、最後にそう思えたら幸せと言えるんじゃないだろうか。だから、最後の食事はおにぎりで。私はそう決めている。
***
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