普通の延長にあった恋の行方
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:飛鳥(ライティング・ゼミ2月コース)
※この記事はフィクションです。
待ち合わせした駅で私の姿を見つけた彼は、こちらに向かって大きく手を振った。
「ごめん、待った?」「いや、俺も今来たばっかり」待ち合わせの定型文のような、いつも通りの会話。彼は地図アプリを開いて、目的地へと歩き出す。
こんなふうに休日に彼と二人で出かけるのにも、慣れてきた気がする。隣で歩く彼を見て、私は思った。
彼とは大学の学部が同じで、入学してから二年間、一番仲の良い男友達と言っていい存在だった。一向に彼氏の出来なかった私に、彼が告白してきたのが二カ月前。戸惑いはあったが、彼と一緒にいると楽しいのは間違いなかったから、付き合うことを承諾した。
ただ、付き合うことになったとは言えそれまでの関係性が大きく変わることはなく、友達の延長のような付き合いを続けている。
付き合うようになって変わったのは、彼と会う頻度が増えたこと。そして、友達だった頃は2人で行く場所と言えば大学帰りの駅前での夕飯だったのが、電車で遠出をしておしゃれなレストランにも行くようになったことくらいだ。
今日のお出かけも、花の綺麗な公園に行きたいと言ったのは彼だった。
都会の真ん中にあるにも関わらずその喧騒から切り離された空間で、色とりどりのチューリップやポピーの花を見ていると、小さな悩みは遠くに飛んでいき心が浄化される気がする。テンションが上がってどんどん先に進み花をスマホの画面に収める彼を遠目に見ながら、こんな休日も良いなと思う。
お昼ごはんに入ったレストランで出てきたのは、具沢山のチキンライスの上にふわふわの分厚い卵が乗ったオムライス。その卵にスプーンを差し込むと中からトロっとした半熟の中身が溢れ出る。それを見て大はしゃぎする彼を見て私も笑った。
正直、付き合ってしばらく経った今でも「好き」という感情がどのようなものなのかわからない。彼はなぜ私と付き合いたいと思ったのだろう。
明るくムードメーカーである彼が他の女子の間で人気があることは知っていた。そんな女子たちの彼に対する「好き」と私の彼に対する気持ちは同じものなのだろうか。
付き合い始めてすぐの頃にそんな不安を口にしたこともあるが、彼は「気にするなよ」と笑っていた。「気持ちが追い付かなかったら、ゆっくりでいいから」とも言っていた。
だから、付き合うってこんなものなのかなと思う。案外、普通の日々の延長線上にあるものなのかもしれない。
昼食後に長居したカフェを出て、あてもなく街を散策する。
高台から見下ろした休日の街の景色が、初夏の日の光に照らされている。普段は人混みに揉まれている街も、こうして少し遠くから見ると綺麗だ。
そのときだった。彼の右手が、私の左手に触れる。
驚いた。彼の手の温もりを感じた瞬間、私は咄嗟に手を引いてしまった。時が止まったような感覚。私達の間を風が吹き抜ける。
「あ、違うの、ごめん。えっと……」
言葉が出てこない。取り繕えばそれだけ不自然になってしまう気がして、私は黙って下を向いた。
分かっている。落ち着いて、笑顔で、彼に向かってこの左手をもう一度差し出せばいい。それなのに、身体が金縛りにあったように動かない。
「いや、俺こそ、悪かった。ごめん」
長い沈黙のあと、先に口を開いたのは彼だった。謝罪の言葉が私の頭の中で木霊する。
私は何も言えずに、そのまま歩き出した彼の後を追った。
そのあと彼とどんな会話をしただろう。会話にもなっていないような、お互いが独り言を言っているような感じだったと思う。気付けば朝待ち合わせた駅に戻ってきていて、私達は別々に帰路についた。
彼とはそういう関係ではないと思っていた。そう考えてしまうのは我儘だろうか。
分かっている。付き合っているのだから当然手を繋ぐくらいするし、友達の延長を超える日が、いつか来るのも知っていた。
それでも。恋人になった彼との距離が縮まればそれだけ、仲の良い親友だった彼を失ってしまうような気がして、怖かった。
彼の傷ついた顔が脳裏に浮かぶ。
なぜあの時彼は差し出した手を引っ込めたのだろう。無理やりにでも私の手を握って、離さないでいてくれたらよかったのに。
駅から見える街の景色は夕日に染まって一面オレンジ色だ。その中心に建つ展望台が、夕陽を反射してキラキラと輝いている。
あのビルの展望台からこの景色を見ることができたら、もっと綺麗だっただろうと思う。
電車が駅に近づいてくる。ホームに入ってくる風を浴びながら、彼は恋人になるべき存在ではなかったのかもしれない、そんな予感が自分の中に広がっていくのを感じていた。
***
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