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あなたは、どんな涙を覚えていますか?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:牧 奈穂 (ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「あなたが、今までに見た涙で、一番思い出に残る涙は?」と聞かれたら、どんな涙を思い浮かべるだろう。
 
ある日のことだ。
「今日で引退にならないよう、絶対勝つからね!」
息子は、朝から張り切っていた。部活の大切な試合があるからだ。
 
テニスの団体戦は、暑い夏のような日に、行われた。
息子は、何とか団体戦のメンバーになることができたようだ。前日には、個人戦を戦って、部員全員が負けてしまっていた。これで負けたら、全員が引退だ。
 
息子達の先生は、今年で教員生活が終わる。
「最後に先生を、次の大会まで連れて行ってあげたい……」
誰も、口に出しては言わなかったが、心の底では思っていた。
 
2年前の春、息子達は、テニス部に入部した。当時は、コートの外で、狙った場所に飛ばないボールを打ち合っていた。
 
そんな中、ある事件が起きた。
口論が始まり、ある部員が、仲間の頭をラケットで殴ったのだ。3つの小学校から集まった息子達は、まだまだお互い分かり合えていない。ラケットで殴った生徒は、腹を立てたまま、勝手に家に帰ってしまった。
 
先生は、その場にいた全員を集めた。
「ルール違反した奴を切り捨てるのは、簡単だ。退部にもできる。だが、そうはしたくない。みんなでもう一度、うまくやっていく方法を考えてくれないか?」
先生は、息子達に投げかけた。
 
暴力を振るう子……と、最初は、誰もが距離を置いてしまった。あまり良いことを聞かない子だったようだが、息子は、私に向かって、
「助けてあげたい」
と、打ち明けてきた。
 
先生は、そんな息子の姿を見て、ペアとして、彼と息子を選んだようだ。
 
その後も、12名全員が一丸となった姿は、見たことがなかった。皆、部活を楽しんではいたが、バラバラな印象があった。
 
だから、3年生の最後になるかもしれない試合の中で、みんなが寄り添い、ユーモアを言い合いながら応援する姿が、心から嬉しかった。「勝って、もう少し子供達を見ていたい」という気持ちにさえなる。
 
いよいよ3回戦目の試合となる。
息子達ペアの出番となった。続けて試合をするうちに、暑さもピークとなり、体力は消耗していた。格上のペアとの戦いだ。これで負けたら、引退となってしまう。
 
息子達は、ずっとペースが掴めなかった。気持ちの上でも、負けてしまっていたようだ。そんな中、ラインぎりぎりにボールが飛んできた。二人は、ボールが外に出ると思ったようだ。だから、ボールを追わなかった。
 
ところが、審判が下した判定は、「コートの中」だった。その大切な1球で、試合が終了となる。息子達のチームの負けが決まった。
 
二人は、最後まで審判に納得がいかない様子だった。その姿を見て、試合が終わった途端、先生が息子達を呼び止めた。
 
「今の態度は何だ! 審判に意見をするとは、何だと思っているんだ!」と叱られ始める。
 
コートの中で、皆の見ている前で、二人は、ずっと叱られていた。私は、コートの外から、息子達が叱られているのを、立ったまま、黙って見ていた。
 
息子達が、負け出した瞬間、勝つ気持ちより諦めの気持ちが勝ったこと、最後まで全力を出し切れなかったこと、そして審判に失礼な態度を取ったこと……最後だからこそ、叱られていた。
 
どうせ引退する、と思ったら、暑い中注意するのをやめたっていいところを、真剣に一生懸命に、先生は叱ってくれていた。次の試合が始まろうとし、他のチームが入ってくるまで、息子達は、ずっと叱られていた。
 
「社会に出て、全力を出すんだ。言い訳する人間になるんじゃない」
そう言われているようで、先生からの愛情が見えるようで、心からありがたかった。
 
そして、息子達の気持ちもよく分かった。誰よりも、先生を次の大会に連れて行きたかったのだ。仲間達と、もっとテニスがしたかったはずだ。
 
疲れ切った顔で、息子達が私のところに戻ってきた。
「先生は、あなた達を思っているから、叱ったんだよ」
そう話すと、
「いいプレーができず、すみません」
と息子のペアが、私に謝ってきた。
 
悔しさ、情けなさ、恥ずかしさ、引退する寂しさ、様々な思いを堪えきれなくなったのだろう。息子は、帽子を深くかぶったまま、涙を一粒こぼした。一粒だったから、皆には、全く分からなかったが、その涙に込められた、複雑な思いが伝わってきて、切なくなった。
 
あの「一粒の涙」の中に込められた、深い心の動きが今でも忘れられない。
涙には、様々な種類がある。悲しみの涙、悔しさの涙、喜びの涙……どんな涙が、人の心に残るものなのだろう。
 
私が息子を見てきた中で、あの「一粒の涙」が、一番忘れられない涙だったように思う。一度に、複雑に、心がたくさん動いたあの瞬間、あの涙を見られたことは、私の心の中で、決して薄れることはないだろう。
 
息子の涙を、今までたくさん見てきたように思う。だが、涙を流したから、幸せではないわけではない。きっと、流した涙の種類が多い人ほど、豊かな人生のはずだ。そう、私は信じたい。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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