メディアグランプリ

私に何を注いでもいいのよ、あなたを幸せにしたいから。


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記事:青子(ライティングゼミ)

私は、ある男性と暮らすために、はるばるフィンランドから日本にやってきました。

正確に言うと、神様が、とある住所と名前を見せて「この人のところに行って楽しんで来たら」と勧めてくれたのです。

きっと素晴らしい出逢いが待っているという予感で、私はワクワクしながら飛行機に乗りこみました。

でも、日本に向けて離陸した途端、ワクワクだけじゃない、同じくらいの不安も湧いてきました。だって、全く知らない土地に向かっているわけだし、その人がどんな男性なのかも知らないんです。果たして、スムーズに指示された住所に辿り着けるのか、その人が私を受け入れてくれるのか、まったく自信がありませんでした。私のルックスは、まぁそれなりだとは思いますが、かといって特別際立っているわけではないですしね……。

しかし、さすがは神様のお導きです! 心配なんて、これっぽっちも必要ありませんでした。

まず、ちゃんと辿り着くためのシナリオが用意されていました。日本に到着するや否や、仲介役の人が出て来てくれて、私がなんの努力をしなくても、あっという間に目的の住所まで送り届けてくれたのです。

いよいよ、彼との対面の瞬間がやってきました。

彼は私が来ることは分かっていたみたいでした。そして、私を見た途端、ひとめで気に入ってくれたようです。

「かわいいじゃん!」と大きな声で叫んで、私をハグしてくれました。

あまりの歓迎ぶりに照れちゃいましたが、そんな率直な彼が素敵だなと思いました。
はい、私も一目ぼれだったんです。彼は私を家に招き入れてくれ、「これからよろしくね!」と嬉しそうに言いました。

こうして私たちの共同生活は始まったのです。

彼が家にいる時は、ずいぶん長い時間を共にしました。朝食は、必ず一緒でした。ベーグルとスクランブルエッグとコーヒー……毎朝、賑やかにお皿が並ぶテーブル。彼はしっかり朝食をとることをポリシーにしていましたが、私は朝食のメニューなんかより、彼の様子が気になって仕方がないのです。

「昨日は残業で遅い帰宅だったけれど、疲れはとれたかしら」
「食欲はいつも通りかしら」
自分の持ちうる感性のすべてで、彼を観察します。

私はただ、そばにいることしか出来ないけれど、でも彼を幸せにしたいという気持ちは誰にも負けません。だから、ついつい彼をじっと観察してしまうのです。心配そうにしていると、彼はすかさず「大丈夫だよ」と言わんばかりに口づけをしてくれます。私はほんわかと身体を熱くして、幸せを全身で感じるひとときでした。

 

ある時、彼が入院することになってしまいました。

昔、スポーツをしていた時の後遺症で、足の手術を受けなければならなくなったのです。

「命に係わることではない、簡単なもの」と説明は受けていても、手術を前にして、彼は少し緊張しているようでした。

そんな彼に私は寄り添い続けました。彼は「君がいると、病室にいても家でくつろいでいるような気分になるよ」と言ってくれるのです。不安な時に彼から頼りにされていると思うと、たまらなく誇らしくなって、どこにだってお伴しますよ、という気持ちになりました。

 

私はうつわです。
どんなものも受け入れて、彼のことを幸せにしたいと願っているうつわ。

私の身体に何を注いでもいいのよ。
温かいものでも、冷たいものでも、どんなものでも受け入れるから。
そう、おんなは許容範囲が広いの。

 

私はいつも受け身だし、決して目立つタイプではありません。でも彼の弱い部分を誰よりも知っているという自負があります。愚痴をいう姿、弱気になっている姿……、他の人には決して見せない彼を知っています。そして、私と過ごすひとときを通して、ほっとした顔を見せてくれたり、元気を出してくれる瞬間があるのです。そんな時は、本当に嬉しくて天にも昇る気持ちになりました。

ずっと彼の人生に寄り添いたいと思っていました。笑ったり、怒ったり、悔しがったり、ころころ機嫌が変わる彼を見ていることが私の幸せでした。でも、私の使命は、彼と共にいることではなく、彼を幸せにすること。私が一緒でも一緒でなくても、彼が幸せに人生を歩んでいくことが大切なのです。

実は、私にはちょっとした特殊能力が備わっていて、彼の未来が見えることがありました。
彼にどんな明日が待っているのか、重大なことが起きる時には特に予知能力が働きます。

ある日のこと、私は彼の未来に何が起こるのか、生々しい映像として受け取ってしまいました。

それはとても悲惨な光景でした。通勤途中の彼が、暴走トラックに跳ねられてしまうという交通事故のシーンが見えてしまったのです。

これは大変です。現実に起きてしまう前になんとか阻止しなければなりません。
彼を助けるにはどうしたらいいか。
確か神様が「たった一度だけなら救う手立てがある」と言っていたことを思い出しました。

「命にかかわるような重大な出来事に彼が巻き込まれそうになったとき、あなたは彼を救うことが出来ます。でもそれは、あなたが身代わりになるということを意味します。あなたがそれを決断する時は、彼と別れなければいけなくなるでしょう。いずれにせよ、これだけは忘れないでください。あなたの役割は彼を幸せに導くことです。」

私に迷いはありませんでした。
彼を救うためなら何でもする。私が犠牲になっても構わない。

その日の朝、いつものようにたくさんのお皿が並べられた食卓で、私は彼と一緒にいました。彼は丁寧にドリップしたコーヒーを入れるところでした。

私は仕向けたのです。
彼が私に触れた瞬間に、その反動で自らを傷つけることを。

彼はきっと手が滑ったと思ったでしょう。でも、そうではないのです。私が私を壊しました。

そうして、自分の身体が粉々になったことと引き換えに、私は彼の命を救いました。その瞬間、あの痛ましい未来の映像がさっと消えさっていきました。あぁ、これで彼が交通事故に遭わずに済んだと確信して、心からほっとしました。自分の身体が粉々に散っているのを見るのは、さすがに惨めだったけれど……。

彼は「あー、やっちゃったよ!!」と言って、粉々になった私をほうきで集めて、古新聞でくるみました。

「気に入ってたのになー、このムーミンのマグカップ。また新しいの、買おうかな」

 

私がいなくなっても、あなたはすぐに、別の子と暮らすのね……。

彼の言葉を聞いて寂しくなり、新聞紙の中でしょんぼりしていると、神様がすっと目の前にやってきました。
「これでいいのです。あなたはよくやりましたよ」と柔らかな御手が差し出され、私の魂は神様によって、そっと抱きあげられました。そして、新聞紙のその先の、またその先の、ずっと先にある美しい世界まで運んでくださいました。

 

この美しい世界に来てからも、彼と過ごしたあの日々を振り返っています。出来ることなら、新しいうつわとなって、もう一度、彼のもとに行きたいと。

 

***
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2016-07-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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