愛する人との大切な時間を、いま
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:園田 美穂(ライティング・ライブ福岡会場)
「輸血しないと、お父さんこのまま死んじゃうんよ」
父は末期ガンだった。意識不明で病院に運ばれて、母に初めて病気のことを聞かされた。このまま輸血しないと、意識は戻らないまま死んでしまう。けれど輸血をして意識が戻ったら、また激痛に耐えなければならない。それでも最後にどうしても『美穂』と、名前を呼んで欲しい。まだ13歳だった私はそう泣きじゃくり、母に必死に訴えかけた。
「お母さんも同じ気持ちよ。だけどねお父さんに、もうこれ以上きつい思いをさせたくないんよ。分かってね」
父のことを尊重した母の決断は、最後の愛だった。そして父は、穏やかな表情で息を引き取った。
学校ではとにかく明るく振る舞った。『寂しい』この感情を誰にも知られたくなかった。家に帰り一人になると張り詰めた心が緩み、封じた感情が溢れ出した。そして、嫌な思考が頭の中をぐるぐる駆け巡る。
『今度は、お母さんが死んでしまうかもしれない』
なんとも言えない恐怖と孤独。毛布にくるまり、ぎゅっと目を閉じた。
閉ざした心を隠しながら私は大人になった。ある時、少し年上の男性に出会った。心が綺麗で真っ直ぐで、とても愛情深い人だった。まだ暑さの残る夜、
「歩いて帰ろうか」
そんな彼の一言で、一時間ちょっとある私の家まで一緒に歩いて帰ることにした。普段どんなことをして過ごしているのか。どんな食べ物が好きなのか。そんなたわいもない会話をし、花が散った桜の木を見上げながらふと、こんな話しをした。
「花の贈り物ってさ、俺は素敵だなーって思うんよね」
「わかる! 私も最近お花もらって嬉しいなーって思うようになったよ。なんで花の贈り物が好きなの?」
「花ってさ、朝水を変える度に綺麗だなぁって思うし、贈ってくれた人のことをまたそこで思い返す。何度も想いを感じるから、俺は好きだなぁって」
そう話す横顔が柔らかくて優しくて、心の奥の方がじんわり温かくなっていった。
それから私たちは付き合うことになった。
「はい、これプレゼント」
付き合った日にくれたのは、少しくすんだピンク色の薔薇の花束。控えめな彼らしい小ぶりな花で、思わず顔がほころんだ。
またある時、家に帰ってくると床に何かが置いてあるのが見えた。近づいて見ると1枚の手紙がそこにあった。
『いつもありがとう。言葉に表せられないから、花を贈ります』
その手紙の隣には、黄色い花束がそっと置かれていた。
それからも、花のプレゼントは色んなところで現れた。帰ってくると小さな花束を持って隠れていたり、外出中ずっと一緒にいたはずなのに、突然背中から真っ赤な花束が出てきたりした。
そんな毎日がとても幸せだった。けれど、この幸せがずっと続いたらいいのに、そう思った瞬間『死』という恐怖は容赦無く襲いかかってくる。これ以上好きにならないように。これ以上大切な存在にならないように。いつも少しブレーキを踏んで、心の中では彼がいなくなる準備をしていた。
それから時間はあっという間に流れ、寒さに凍えた手を擦りながら私は会社に出勤していた。
「はい、チョコレート」
その日はバレンタインだった。その会社には、お父さんのような上司がいた。いつも私のことを気にかけてくれていたその人に日頃の感謝を込めて、バレンタインはチョコレートを渡そうと思っていた。それなのに、すっかり忘れていた私は
『明日渡せばいいか』
そう、思っていた。
けれど、それは叶わなかった。娘のように可愛がってくれていたその人は、会社で倒れ、二度と目を覚ますことはなかった。その日は何かの糸が切れたように、ベッドの中で泣き続けた。
次の日会社に行くと机の上には、淡い紫色の花束が飾られていた。それをぼんやり見ていると、ふと彼の話しを思い出した。
『花って朝水を変える度に綺麗だなぁって思うし、贈ってくれた人のことをまた思い返す。何度も想いを感じるから、俺は好きだなぁって』
そして一呼吸おいて、ゆっくりとこう続けた。
「でも花はいつかは枯れてしまう。その限りのある命の中には、大切な人へのたくさんの想いが込められてるんよ。それが花の贈り物」
涙がこみ上げた。胸がきゅっと狭くなった。私は何をやっていたんだ。花が枯れることばかりを怖がっていて、大切な想いを受け取っていないじゃないか。彼に今すぐ会いに行こう。そう思った。走った、夢中で走った。まだ、話したいことはたくさんある。まだ、伝えたいことはたくさんある。本当はもっと、もっと、愛していると。
勢いよくドアを開け、部屋にいた彼を強く抱きしめた。ぽろぽろ涙が溢れ出した。彼は今ここにいる。確かに今ここにいる。そっと頬を合わせ、鼓動を感じた。
「愛している。愛しているよ」
人は生まれた瞬間、死ぬことが決まっている。その限られた時間の中で、どれだけの想いを伝えられるだろうか。言葉を使って愛を伝え、時には手紙に記してみようか。両手に小さな花束を抱え、にっこり笑ってみてもいい。ギターを弾いて想いを歌にのせてもいいし、なにも言わず両手で強く抱きしめてもいい。二度と戻ることのないこの時間の中で、私は大切な人に『心から愛している』と伝えたい。
***
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