当時のベビーシッターが、今の私の源泉
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記事:川﨑裕子(ライティング・ゼミNEO)
少しの間、忘れていたことがある。私にはベビーシッターがいた。私は茨城の保守的な田舎で育った。当時には珍しく、我が家は共働き家庭だった。
私の預けられ先は、大叔母夫婦の家だった。私の通っていた幼稚園は、土日が休みだった。でも、当時の会社は週休二日制ではない。土曜日のほとんどは、大叔母の家で過ごした。
その大叔母は、全盲だった。健常者の夫に支えられながら、生きていた。ただ、私の遠い記憶からすると、全盲だったことを忘れてしまうような大叔母だった。
コメディアンみたいに面白くて、あんなに朗らかな人はそうそういない。どんなことがあっても、明るく快活だった。幼い私からすれば、本当になんでもできる人だった。
ガスコンロを使って料理もしていた。いつも美味しい味噌汁を作ってくれた。広い庭で洗濯干しもしていた。私には、目が見えないようには映らなかった。
それでも、悲しいことはあった。私はお絵かきが大好きな子どもだった。だが、大叔母はそれを見ることができない。
でも、大叔母はいつも言ってくれた。「どんな絵を描いたか教えて」
私は嬉しくなって、一生懸命説明した。そして、大叔母は決まって、まるで見えているのではないかと疑うような感想を言ってくれるのだ。
私が預けられるたびに、「かわいい顔を見せて」と言ってくれた。そして、私の顔を撫でるように触ってくれた。くすぐったいけど嬉しい。なんとも言えない気分だった。
その後、大叔母は引っ越しをした。私も成長とともに、大叔母と会うことは少なくなっていった。
時は過ぎ、私は26歳で結婚することになった。想像に難くないだろう。私はド田舎出身だ。結婚となれば、結婚前に親戚一同で集まる。相手の写真を回し見し、経歴を話しながら、皆で品定めをするのだ(苦笑)。
私の婚約者は外国人だった。私の相手を知った時、親戚の中で一番フラットな反応をしたのが、この大叔母だった。
遠方に住んでいる大叔母に、皆が集まった時に電話をすることになった。私の結婚報告をするためにみんなで電話をした。
「ちょっと話してみようかな?」私と会話していた大叔母が、そう言った。大叔母は私のパートナーと直接話したいとのことだった。さっさと電話を代わって欲しがられた。
他の親戚たちは驚きつつも感心していた。大叔母にとっては夫が外国人であることに何の引っ掛かりもなかった。日本語を話せるかどうかも全く関係ないようだった。
「最愛の孫が結婚する人と話したい」ただ、それだけだった。
昔は大家族で暮らしていて、障がいを持った人の1人や2人は家族の中にいた。一緒に暮らす家族は、それぞれの特徴を受け入れ、助け合って生きてきた。
大叔母に関しては、話が面白く差別意識など本当にない人だった。病気で急に18歳で失明した時は、本当に苦しかっただろう。でも、そんな苦難を感じさせず、誰にでも分け隔てなく明るく接していた。
私は以前、イギリスに住んでいたことがある。娘の保育園まで徒歩で毎日送迎していた。5分10分の短い間にもさまざまな方がいた。
盲導犬を連れて歩いている人。
白杖を持って歩いている人。
車椅子の人。
同性愛のカップル。
人種だけでなく、いろんなバックグラウンドを持つ人たち。こんなに目立つ特徴はなくとも、本来、人間は一人ひとり違うのだと感じさせられた。
優劣をつける必要はない。
批評する必要はない。
元来、みんな違うのだ。
だから助け合う。
大叔母が私の生活の中にいるのは自然なことだった。気づかぬうちに、大叔母からたくさんのことを教えてもらっていた。なんとかけがえのない時間だったのだろう。
実は、幼いながらに、考えないように蓋をしていたことがある。大叔母は私の顔を知らない。見ることはできない。孫のように溺愛してくれていたのに、辛くはなかったのだろうか。
大叔母は、多くの家族に囲まれ、幸せそうだった。少なくとも私にはそう見えた。だが、実際はどうだったのだろう。大叔母の苦悩は、私には計り知れない。
何かあると、こうして、ふっと大叔母のことを思い出す。思い出すのは決まって、迷走している時だ。
太陽のように周りを明るくしていた大叔母。
彼女のように自分の力をうまく活かして、生きているのだろうか。
できることなら今、大叔母に聞いてみたい。
失明した時はどんな思いだったのか?
どうやってそれを乗り越えたのか?
どうしていつもそんなに幸せそうだったのか……?
私はキャリアを途中で分断した、単なる主婦だ。何の力もないし、人より劣っている。そう思ってしまう時もある。
「私も、大叔母ちゃんのようになれる?」
「どうやったらなれる?」
大叔母だったら、私に何と声を掛けてくれるだろう。
何も言いはしないかもしれない。昔みたいに、私の顔を包み込む。そして、「かわいいね」そう言ってくれるだけかもしれない。
もしかしたら、そういう存在がいるだけで十分なのかもしれない。全面的に受け入れ、全力で愛してくれる。そんな人たちのおかげで、今日も私は前に進める。
***
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