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豚骨ラーメンが実は苦手です……とは言えなくて


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記事:みなみあすか(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
「わあ、いい匂い!」
この言葉に心の中で嘘でしょう……とつぶやく私。
 
東京に住んでいた時は豚骨ラーメンが大好きだった。
二子玉川にあるこってり系の豚骨ラーメン屋へ会社帰りに「今日はご褒美!」と言って通っていた程だ。
最後の一滴までスープは飲み干すほどの豚骨ラブであった。
そんな私が福岡へ転勤が決まり、この豚骨ラーメンが毎日気軽に食べれるようになるとは、
なんてラッキーなんだろうと心ウキウキしながら住居探しに福岡へ向かった。
 
家探しの合間には豚骨ラーメン巡り。
有名処の豚骨ラーメンを食しながらまもなく始まる福岡ライフに心がときめく。
 
ところが……。
 
その晩、豚骨ラーメンにあたってしまったのだ。牡蠣にあたったというなら分かるが、
豚骨ラーメンにあたるってどういうこと? と思うが、シンプルにこの上なく気持ち悪くなった。
大好きな豚骨ラーメンだったはずが、この一夜で豚骨ラーメンを体が受付けなくなってしまった。
これからたくさん豚骨ラーメンを楽しめると思ったのに……である。
 
福岡に無事着任して、ラーメン屋に同僚と入るも、メニューにはシンプルに「ラーメン」と書かれたものしか見当たらない。あれ、ほら、味噌ラーメンとか醤油ラーメンとかメニューにないわけ? と心の中で
ワサワサしている。関東でラーメンといえば、醤油だ。定員さんがメニューを取りに来て、タイムアウト。メニューはこれしかないようだし、その「ラーメン」を注文してみよう。
 
登場したのは、もちろん豚骨ラーメンだった。
撃沈……。そうか、ここは福岡だ。
 
私の職場のビルの横が某有名豚骨ラーメン店。
昼前になってくると7階のオフィスまで仕込み中の豚骨ラーメンの出汁の香りが
窓越しにぷーんと漂ってくる。
 
「おっ、きた……」とそっと椅子から腰をもちあげ、窓を閉めにいこうか……と、
さりげなく窓の方へ身体を向けた時だった。
「ああ~、いい匂い~」
隣の席の美しい博多女子がその香りを楽しむかのように自然と出た言葉。
私は持ち上げかけた腰をさりげなく椅子にそっと戻し、何事もなかったように無事着席し、
「お腹空いてくるよね~」などと心にもないことを伝えた。
 
まだこの地に着任して早々、アウェイ感満載のこの地において、
「私、実は豚骨ラーメンが苦手なんです」とはとても言えない。
それは、福岡において、「嫌いな球団はソフトバンクです」というようなものである。
 
「この匂いは小さい時から嗅いでいて、いい思い出が沢山あって……」という。
なるほど嗅覚と脳は密接に繋がっているというが、豚骨ラーメンの香りで思い出されるいい思い出とは
いったいどんなものなんだろう?と興味津々だった。
この美しい壇蜜ばりの博多女子が豚骨ラーメンをすする光景は何ともミスマッチにも思えるが、
髪をなびかせながら食する光景はぜひ見てみたい福岡のシーンである。
 
それにしても、これがいい匂いとは食文化の違いを肌で感じた瞬間だった。
私は福岡に来たのだな……と。
そして、福岡ライフがスタートした。
 
こんな味覚・嗅覚のギャップからスタートしたことがもう一つある。
 
それは、学生時代にオーストラリア、メルボルンに留学した時のことだ。
その当時はまだインターネットも携帯もiPhoneもなく、メルボルン空港に到着したときに
学校関係者が車で迎えに来てくれると留学斡旋業者から伝えられていたが、本当に来てくれるのか? ドキドキの状態であった。又、母は娘がどこかに連れていかれてしまうのではないかと到着の
連絡が来るまで眠れなかったという。緊張もあってか食欲も湧かなかった。
空港で待っていると私の名前が書かれたプレートをもった男性が向かってきた。
「あなたはAsukaですか?」 私は「Yes」と元気よく答えたことを覚えている。
 
その学校関係者は今思うと日曜日なのに家族を家に置いて空港に迎えに来てくれたのだ。
「うちでバーベキューをしないか?」
オージーがいつも口にするセリフが到着初日、しかも到着直後に聞くことが出来てウキウキした。
なんて、ラッキーな私。
 
学校に到着して荷物を置くと直ぐに、その学校関係者の自宅にお招きを受けた。
 
バーベキューを始める前に奥さんがお腹すいたでしょ……と手作りのパイらしきものを出してくれた。
今まで緊張のあまり食欲もなかったが、この美味しそうなパイを前に唾を呑み込む。
「いただきます」とガブリとパイにかぶりつく。
 
えっ……。うぇ……。何これ?
想像していたミートパイとことごとく違う味。
何か腐ったような味で口の中が先程までの期待に満ちた状態から一気に荒れ果てた苦々しい口の中に変わった。
「口に合うかしら?」と奥様がいう。
「YYYes, taste good ! 」心にもないことを英語で言ってしまった。
 
私が食したのはキドニーパイだった。
キドニーとは腎臓……。なんと、腎臓パイであった。臭いはずである。
 
オーストラリアはイギリスの植民地であったので、イギリスフードの流れが引き継がれている。
キドニーパイはイギリスのパブなどで食されている名物料理だ。
 
ここでもまさか「キドニーパイは苦手です」とは言えなかった。
 
福岡での豚骨ラーメン、メルボルンでのキドニーパイ。
いずれもその土地を訪れた時には撃沈し、文化の違いをまざまざと体感したが、
土地に馴染むにつれてその味がスタンダードになっていくのが面白い。
 
オーストラリアではその後、その苦い経験を乗り越え、大学のカフェテリアでキドニーパイを再トライした。
そして、その味を克服した私は数カ月で数キロも一気に体重を増やし、顔もまん丸になるほど、
オーストラリアフードに馴染んだ頃には真新しい空気だったこの地が日常の空気になっていた。
 
又、豚骨ラーメンについては、まだアレルギー感覚はあるものの、この店の豚骨ラーメンなら……
という店を見つけ博多人らしく豚骨ラーメンに高菜をどっぷり載せて食している。
 
その土地に馴染むのに大切なこと。
それは文化、特に食文化に馴染むことなのかもしれない。
その食に馴染み始めたとき、非日常の光景が日常になっている。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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