白いケーキに「好き」は巡る
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:大江 沙知子(ライティング・ゼミ2月コース)
「白いのと、チョコ。どっちがいい?」
小さい頃、ケーキといえば2つしか選択肢がなかった。イチゴのショートケーキか、またはチョコレートケーキだ。誕生日にクリスマス、町内の子ども会。あらゆる場面において、私の答えはいつもこうだった。
「白いケーキがいいな」
私が選ぶのは、白いクリームに大きなイチゴがひとつ乗った、シンプルなショートケーキ。三角形のはじっこから少しずつ崩していって、そうっと、そうっとケーキが倒れないように気をつけながら食べ進めていく。しかし……
「ああ~っ」
大抵、イチゴの手前でケーキがぐらりと傾いて倒れてしまうのだ。『今日こそはと思ったのに!』とちょっとがっかりしながら、さらにスポンジを食べ進める。
イチゴを食べるのは、決まって最後。大きなイチゴをひと口でほおばると、爽やかな酸味が広がる。至福の瞬間だ。
ケーキといえば、白いケーキ。他のケーキなんて、選ぼうと思ったことすらなかった。
好きなものを素直に「好き」と言えるのは、なんて素晴らしいことなのだろう。
私は白いケーキが好き。ピンク色が好き。キティちゃんが好き。そんなふうにまっすぐに主張できたのは、小学生になるまでだった。学校に入ると、私は急に周囲の目を気にし始めた。
「ピンクが好きなの? 水色の方がいいよね?」
「う……うん」
入学早々仲良くなった友達のひと言で、私はピンクの服をやめた。色の好みに関するその言葉が、まるで自分自身を否定しているように感じたのだ。ピンクを着ていると仲間と認めてもらえないような気がして、不安になった。
「この筆箱、かわいいでしょ? プリンちゃんの」
友達がそう言えば、わざわざ同じ筆箱を探して買ってもらい、キティちゃんの筆箱をやめた。筆箱だけでなく、彼女が気に入っているペンや、消しゴムや、ノートなど、とにかくお揃いにしないと落ち着かなかった。
次第に、友達の真似をするのは持ち物だけではなくなった。髪型はおかっぱからおさげに変わったし、話し方もちょっと口が悪くなって、お母さんに怒られた。友達と一緒におてんばなことをして、先生に怒られた日もある。それでも、友達と同じという安心感こそが、当時の私には大事だった。
けれど、そんなある日、その友達に言われてしまった。
「この筆箱、わざわざ買ってきたの? 真似しないでよ」
「ま、真似じゃないもん。かわいいと思ったんだもん」
傷ついた私は、とっさに嘘をついた。彼女とは呆気なく疎遠になり、自分が好きなものが分からず迷子になった私だけが取り残された。
「クリスマスのケーキ、どれにする?」
中学生の頃には、白いケーキかチョコレートケーキ以外の選択肢も存在することを私は知っていた。コンビニのカタログを広げながら母と話す。
「うーん、これかな」
私はモンブランを指さした。それがカタログの中で一番お洒落に見えたから。白いケーキを選ぶのは、幼稚な気がした。
大人っぽいガトーショコラや、華やかなフルーツタルトや、キュートなベリームース……
ケーキを選ぶ基準は、味より見た目。選ぶことが恥ずかしくないお洒落なケーキであることが最優先だ。幼稚園の頃に食べていた白いケーキはもう、目に入らなかった。
私は「好き」の気持ちをどこかに置き忘れたまま、大人になった。
「ねえ、娘ちゃん、ばあばがケーキ買ってくれるって。どれがいい?」
先日、私は3歳の娘に訊ねた。子どもの日が近いからと、私の母がケーキを予約してくれるそうだ。母が持ってきたカタログには、機関車の形をしたものや、クマの顔をかたどったものなど、かわいらしいケーキの写真が並んでいる。
きっとこれらを見たら、娘は目を輝かせるに違いないと私は予想していた。しかし――
「え? 娘ちゃんは、イチゴのケーキがいいよ」
娘が選んだのは、イチゴのショートケーキ。私は拍子抜けした。
「イチゴのケーキって、白いの?」
「うん」
「他にかわいいのも色々あるよ。本当に白いケーキでいいの?」
「うん。イチゴ食べたいな」
そう答える娘の笑顔が眩しかった。この日の彼女はTシャツも、ズボンも、靴下までもピンクだった。家の中でも手放さないピンクの帽子を、いつかの私と同じおかっぱの頭に被り、キティちゃんのぬいぐるみを甲斐甲斐しく世話している。
まるで、過去の私そのままだった。
好きなものを素直に「好き」と言えるのは、なんて素晴らしいことなのだろう。
もしかしたら、娘が小学生になった時、水色が好きだと言い出すかもしれない。だけど、今は娘の「好き」を大切にしよう――そう決めて、私は母に伝えた。
「お母さん、白いケーキがいいな」
今年の子どもの日には、久しぶりに白いケーキを食べよう。
どっちが最後までケーキを倒さずに食べられるか、娘と競争しよう。
一番最後に、大きな口で「せーの」でイチゴを食べよう。
ケーキの箱を開けた時の娘の笑顔が、今から楽しみだ。
***
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