メディアグランプリ

まだ見ぬ彼女は、30年来の友人


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記事:今村真緒(ライティング・ゼミNEO)
 
 
最後に「with love」(愛を込めて)とタイピングして、プリントアウトする。そして、その言葉の後ろに自分のファーストネームを書き込めば準備完了だ。
買ってきた来年のカレンダーに、さっき印刷したばかりの手紙を添えてそそくさと梱包する。それから宛先の国名に赤のペンでアンダーラインを引くと、私はその包みを小脇に抱えて家を出た。年末の郵便局は混んでいることが多い。受付番号の用紙を片手に辺りを見回せば、今年もこの季節がやってきたと改めて実感する。
 
私は、毎年この時期に同じことを繰り返している。ドイツの友人にクリスマスカードと来年のカレンダーを送ることが、私にとって恒例行事となっているのだ。
もう、どれくらいの月日が経っただろうか? 私が確か20歳のときからなので、かれこれ30年近く続いていることになる。
 
私がドイツ人の彼女と手紙のやり取りを始めたのは、大学生のときだった。
大学の友人から、ペンパルとして彼女を紹介されたのだった。ペンパルとは、いわゆる文通相手のことだ。今のようにインターネットが普及していない時代のことだから、やり取りには時間がかかる。手紙がどのくらいで相手に着くのかもよく分からないし、例えばクリスマスカードをジャストタイミングで送るには、このくらいの余裕があればいいかもと自分なりに日にちを逆算して送るという、手間と時間がかかるものだった。
 
けれど、昔から世界地図を眺めるのが好きだった私は、その手間やかかる時間にも何となくロマンを感じていた。最寄りの郵便局から、彼女の住む街に私の手紙が届く行程を想像してみるのだ。そして、彼女が私の手紙を受け取ったときの表情はどんなだろうと思ってみたりするのだ。私が、郵便受けに彼女からの手紙を見つけたときのような顔をするのだろうか? 私みたいに、「あ、○○からだー!」と家族にうれしそうに報告したりするのだろうか?
 
そんなことを考えると、彼女に書く内容ももっと充実したものにしたくなる。お互いの近況報告になることが多いのだけれど、英語が堪能な彼女と比べると、私は自分の書く英語の拙さを痛感していた。しかも彼女が住む街は、旧東ドイツの歴史ある街だ。彼女が年末に送ってくれるカレンダーに写っているのも、歴史的な謂れのある建物や場所が多いのだ。だから私も自分の住んでいる地域のカレンダーを送ろうと思ったけれど、残念ながらこれはと思うものが見当たらなかった。けれど、カレンダーについては解決策が見つかった。彼女は、自然が大好きで山登りを好む。そこで、日本の山をテーマにしたカレンダーを送るようにしたのだった。これは彼女にも気に入ってもらえたようで、私は年末に様々な日本の山のカレンダーを探すことが定番になった。
 
問題は、英語力のスキルアップだった。毎回彼女の手紙には、私の知らない英単語がずらりと並んでいた。毎回辞書を片手に日本語に訳していく。これまた時間と手間のかかる作業だった。届いた手紙から彼女のことを知るのは楽しいし、ドイツと日本の文化の違いにも興味が湧いた。何とか拙い英語でやり取りをするものの、私が相手ではきっと彼女にとって物足りないのではないかと少々気が引けながらも私たちの文通は続いていった。
 
その後、私は結婚し子どもを授かった。仕事と家庭の両立で忙しい毎日を過ごす中、彼女とのやりとりはゆるやかに続いていた。私の手ごたえの無さにいつか彼女が飽きて、ぷつんと文通が途切れてしまってもおかしくはないのに、つくづく私たちの繋がりを保てていたのは、彼女の忍耐と大らかさだったと思う。
 
娘が中学生に上がる頃、私は一念発起して英会話に通うことにした。英語を勉強し直したかったのもあるけれど、私の心にはいつか彼女と気後れすることなくコミュニケーションをとりたいという思いもあった。久しぶりに生で触れる英語に、私は緊張でカチコチになっていた。外国人の先生が話すことが初めはよく聞き取れず、何度も困惑する羽目になった。自分が話す英語に自信が持てず小声になったり、笑ってごまかしたり。1時間のレッスンがまるで針の筵のようで、慣れるまでに時間がかかった。
  
今年で、英会話を始めて7年目になる。週1回のレッスンは、忙しいときにはお休みするし、長く通っている割には上達具合がゆっくりかもしれない。けれど今では、外国人の先生とマンツーマンで1時間レッスンしてもビクビクしないようになったし、会話が続けられるようになると積極的にコミュニケーションを取るようになった。
 
昨年の12月、彼女から8枚にわたる手紙がカレンダーと共に届いた。手紙には、相変わらず私の知らない単語が並んでいた。それもそのはず、その手紙には医療用語が多く含まれていた。ここ数年、彼女は体調を壊したばかりかコロナの感染にも苦しめられていた。前回の手紙には詳しく書かれていなかったが、体調が落ち着いたこともあり長い手紙を送ってくれたのだった。
 
今では随分回復したから心配しないでと綴る彼女に、思わず涙が出そうになった。そばにいれば何かできることがあったかもしれないが、遠く離れて暮らす私にできることは、彼女に思いを馳せ返事を書くことくらいしかない。
 
けれど、ふと思う。実は写真でしか見たことがない彼女と、こうして30年近く友人だと思っていられることは、類い稀なことではないかと。この不思議な縁が私に温かなぬくもりを与えてくれているように、彼女にとって私が少しでもそんな存在になれていたらいいなと。そして、寄せては返す波のように、お互いの連なりが途切れませんようにと。
 
最近になって、私たちはお互いのメールアドレスを交換した。このITの時代にようやく追いついた感じだ。けれど、今までの習慣からか、やっぱり相変わらずやりとりは手紙だ。どうもそのほうがしっくりくる感じなのだ。もちろん、何かあったときはメールでやりとりをすることがあるかもしれない。けれど、私たちのペースで楽しみたいとも思ってしまう。
 
いつの日か彼女に直接会える日のために、もっと英語を上達させておこうと思う。そして会えた暁には、この30年の出来事について時間を忘れて語り合いたいと思う。お互いに顔を合わせたときの第一声は何だろうか? そんなことを考えながら、私はまだ見ぬ彼女に想いを馳せるのだ。
 
 
 
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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