シンデレラシューズを履いて、どこへ行こう
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:種村聡子(ライティング・ライブ名古屋会場)
一目惚れだった。
ふと見かけた陳列棚に、整然と並べられた、色とりどりの靴。丸みを帯びたものや、つま先がとがっているもの、ヒールのあるものや、ぺたんこのもの。でも、みな、エナメル素材の艶やかさを身につけて、つまさきには小さなリボンがあしらわれている。
そのなかでもひときわ輝いて見える子がいた。真っ赤なエナメルのバレエシューズ。素直に可愛いと思った。履いてみたいと思った。店員さんに勧められるままに、試しに履いてみると、足もとが、ぱっと明るく輝いて見えた。赤い服や赤のリップは苦手だけど、足もとが赤いと、なんだか元気が出てきて、どこまでも歩いて行ける、そんな気がした。でも、赤い靴なんて、子どもっぽいかしら。赤いバレエシューズなんて、少女趣味が過ぎるかしら。
「赤い靴を買おうとしたら、家族に反対されたのよ。年齢を考えなさいって」
わたしと同年代の友だちが、赤い靴を履きたかったのにあきらめた、と話していたことを思い出した。夫と子どもが、恥ずかしいからやめて、と言ったのだと残念そうにしていた。
やっぱり、赤い靴は女の子が履くものかしら。もうすっかり女の子とは呼ばれなくなってしまった、かつての女の子には、相応しくないのかしら。
その日は手ぶらで帰ったものの、赤い靴であたまの中はいっぱいだった。その靴について調べると、誰もが知るスクリーンの女優さんも愛したバレエシューズだったから、素敵なイメージは無限に出てきた。わたしのクローゼットのなかにある、あのワンピースと合わせたら可愛いわ、いやいや、シンプルに白シャツとジーパンに合わせても素敵! 妄想コーディネートをひとりで楽しんでいた。
赤色でなければこんなに悩まないのだけど。でも、赤いからこそ、抜群に可愛くみえたんだよね。そうだ、もうすぐわたしの誕生日だから、夫に、今年のプレゼントはあの赤い靴がいいな、と話してみよう!
夫の返事は、「NO」だった。
ああ、やっぱり赤い色がだめなのかしら。落ち着いた色にしてみる? いやいや、せっかく盛り上がった赤い靴への思いを、なかったことにしたくない! 諦めきれなくて、もう一度聞いてみた。すると、夫はしぶしぶ話してくれた。
「靴をプレゼントしたくないんだ。靴をプレゼントしたら、その靴を履いて、あなたが遠くへ行ってしまうような気がして」
赤い色がだめなのではなかった。夫が気にしていたのは、「靴」そのものだった。
素敵な靴は、素敵な場所へ運んでくれる、そんな言葉を聞いたことがある。その一方で、靴をプレゼントすると、靴をあげた人から、もらった人は離れて行ってしまう、というジンクスもあることを、わたしはそのとき初めて知った。夫は、わたしが新しい靴を履いて、どこか遠くへ行ってしまうことを不安に思ったのだ。
わたしが魅了された靴は、「サンドリヨン」という名前がつけられていた。そう、シンデレラだ。ガラスの靴を履いて、王子様と巡り会って、お城に行ったシンデレラ。シンデレラみたいに、素敵な靴を履いて素敵な出来事が起きますように、と願いが込められた、そんな素敵な靴なのだ。
ほんとうに、あの靴を履いたらどこまでも歩いて行けそうな気がする。元気が出て、わくわくして、いろいろなところへお出掛けしたい、と思うのだ。でも、それはわたし一人ではない。ひとりでもいいけど、その楽しい思いを共有したい。その気持ちを夫に伝えた。
その後、あの赤い靴はプレゼントとして、わたしのもとにやってきた。
夫と一緒にお店へ出向き、一目惚れした靴を見てもらうと、「可愛い」と言ってくれた。夫は、わたしが赤い靴を履くことを否定しなかった。「履きたいものを、履けばいいよ」その言葉がなによりも嬉しかった。
それから、あの靴はいまでも靴箱に収められ、とっておきのお出掛けのときも、なんでもないときも、大切に履いて、わたしの人生に寄り添ってくれている。もちろん、あの靴を履いて出かけて、それっきり帰ってこない、なんてありえない。
素敵な靴は、素敵な場所へ導いてくれる、という言葉こそが真実なのだと思っている。素敵な靴を履いたら、どこか楽しい場所へお出掛けしたくなるから。足もとからウキウキとした気持ちがわいてきて、心もからだも軽やかにしてくれる。おしゃれをして出掛けたくなるし、ちょっと冒険的な場所にだって、自信を持って訪れることもできるのだ。そうして、ちょっと背伸びをした空間へ行ったこともある。
今度はあの、赤いバレエシューズを履いてどこへ行こう。軽やかにどこまでも、歩いて行ける気がするのだ。
***
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