ゴールドメダリストのオリンピアンと会えたのに後悔ばかりだった話
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記事:むぅのすけ(ライティング・ライブ大阪会場)
思いがけずゴールドメダリストとお話しできた。
その方は私にまず『いらっしゃいませ』と言い、私は『こんにちは、初めてなんですがどれも美味しそうですね』と言って会話は始まった。
会話の流れでお気づきの通り、ゴールドメダリストはお店の人で、私はただのお客である。
その日私は、近くまで行く用事があったので、『美味しいものが売ってる場所』に久しぶりに寄ってみた。
ここをどんな場所かというのがちょっと難しいのだが、説明するなら
地元の百貨店の名前のデパ地下の食品売り場の一部だけがある、という少し変わったところだ。
特急も停まる駅の下に、デパ地下にあってスーパーにはないスイーツやグルメが小さく軒を並べている。
混んだ街のデパートに行かなくても、コンパクトに昔ながらの必要最低限のデパ地下グルメが地元で手に入る、という場所なのだ。
店の並びには、一軒の小さなブースがいつも催事コーナーとして期間限定で入っている。
そこを通った時、一組のお客さんと接客する男性、それとホールのパイが目に入った。
アップルパイとサクランボパイか……アメリカンチェリーじゃなくて、さくらんぼは珍しいな。
というのが第一印象だった。
そのまま通り過ぎようとした時、強烈な違和感を感じるものが飾ってあることに気が付いた。
ナゼこんなところに、スキーウエアが?
そして事態を把握した私は、通り過ぎた売場にパイを買うべく戻ったのだった。
ゴールドメダリストのお店の方は丁寧に接客してくださるのだが、日ごろから有名人とはサッパリ縁のない生活をしているスーパー一般人の私は、平静を装いつつとにかく緊張しまくっていた。
ただの有名人ではない。
だって私この方のこと、随分前だけどあの時めっちゃ観てたもの。
何度も何度も観てたもの。
今でも何かの特集で映像が流れようものなら、必ず最後まで観るくらい。
だって私、大好きだったんだもの。
今日、ここにいるなんて知らなかった。
なんでパイ売ってるの?
こんな小さなデパートの催事コーナーで、ご本人がいるなんて……
緊張のあまりにトチ狂った私は会計時に思わず口走っていた。
『実はすっごく緊張してるんですけど……ものすごく好きでした!
あ、今ももちろん好きです』
これじゃ告白だ。
あまりのストレートさに、のけぞって照れてくださったが、言った自分の方が面食らってしまった。
そのゴールドメダリストとは、船木和喜さんだ。
現在もスキージャンプで活躍されていて、中でも1998年長野オリンピックでの金メダル2個と銀メダル1個をつかんだというのはあまりに有名で、今さら説明など必要ない程の輝かしい競技成績だ。
その船木さんは今、選手を続けながら会社経営をなさっている。
故郷である北海道の余市町で獲れる希少な果物を使ったパイを販売しているのだ。
そしてシーズンオフの期間を利用して全国の催事場をまわりながら、自ら店頭にも立っている。
この会社では現役選手・元選手が収穫、製造、販売を行い、収益の一部でスキ-ジャンプを頑張る子どもたちへ、用具の提供などの支援事業を行っているということだ。
全ては後から検索して知ったことだが、素晴らしい志に、パイを買うことで少しでも貢献できるなら何よりだ。
だがしかし、である。
ワケのわからない告白をしてしまった上に、せっかく目の前にご本人がいるのに写真も握手も頼めなかった。
さらには、店頭の手が届く場所に金メダルまで飾ってあったのだ。
これもあとから知ったのだが、パイの重さがメダルと同じだそうだ。
ここはますます、お願いしたら触らせてもらえたに違いない。
混んでいたり、並んでいたりしていれば、お一人で接客しているのだから、ファンサービスのようなことまで対応できないだろうが、その時のお客さんは完全に途切れていた。
チャンスだったじゃないか……
ヘタレの私は、あまりの偶然の僥倖に舞い上がってしまってヘンな告白以外は何も言えず、お客の受け答えしかできなかった。
そんな私に船木さんは、この場所が翌日までのことと、次の予定を教えてくれた。
他にも、賞味期限とか美味しい食べ方等の説明もしてくださったのに、何も頭に入らなかった。
なんて私はアホなんだ……
帰り際に見送ってくださるときも、せっかく大阪にいらしてるんだから
『お仕事でいらしてるのでも、大阪を楽しんで行ってくださいね』くらい言えばよかったのに、私の口から出たのは
『あの、あの、これからも頑張ってください』
とこれまたよくわからない言葉で、自分に心底ガッカリしたものだった。
家についてパイの箱を見ると、下の方に小さくサインペンで何か書いてあった。
絵のような、サインのような……
これまた検索してみると、船木さんのサインだった。
何も頼めなかった私には、なんて嬉しい思い出になったことだろう。
感謝と共に食べた二種類のパイは、船木さんの笑顔のように優しい味がした。
***
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