メディアグランプリ

私の扁桃腺がもっと小さかったら違っていたかもしれない


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記事:飯髙裕子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
ショッピングモールの一角に駄菓子屋さんのコーナーを見つけた。
駄菓子屋さんで売っているいろんなお菓子の中でも一番気になるのは、大きな真ん丸の色鮮やかな飴玉である。
実は、この大きな飴玉を、私は自分が家庭を持って子供を持つようになるまで食べたことがなかった。
 
まだ赤ん坊のころ、多分夏の暑い時期だったのだろう。
母が私の口に小さな氷のかけらを入れてくれた。冷たくてつるつるしたその塊は、私の下の上をつるりとすべって喉のほうに転がっていった。
もともと扁桃腺が大きかった私の喉の穴にあろうことか、その氷の塊はすっぽりとはまってしまったらしい。
自分で吐き出すことができない私は呼吸する手段を失った。
見る見るうちに唇が紫色になっていき、母は驚きのあまりパニックになった。
しかし、氷はゆるゆると溶ける。
喉にはまった氷は小さくなりながら器官を通り無事胃の中に収まった。
 
この時の恐怖があまりにも大きかったのか、母はそれ以来、氷はおろか、そんなつるつるとした飴玉の類も、一切私の口に入らないように気を付けていた。
 
けれどその事態を知らない親せきや、近所のお友達などは私に飴をくれることもあったが、母はいつもそんな事態を見過ごさないよう私が飴を食べないように監視していたようだ。
 
 
私が幼稚園くらいの頃、お隣に住む私よりも何歳か年上のお兄さんのところで遊んでいた時だった。
「ひろ子ちゃん、飴あげる」そう言って差し出されたのは、紫色の大きな平べったい飴だった。
 
普段からダメと言われていたけど心理的にそう言われると余計に食べたくなる。
私は目をキラキラと輝かせて、その飴を口にほおばった。
 
「よっちゃん、ひろ子ちゃんは飴食べられないからあげちゃだめよ」
そう声が聞こえたのと私の喉に飴がつるっとすべって詰まるのが同時だった。
 
苦しくて縁側でゲホゲホとせき込み、やっとの思いで飴は出てきたが、大変な騒ぎになってしまった。
隣のお兄さんはおかあさんに怒られ、私はと言えば母にこっぴどく叱られたのだった。
さすがにこの経験は、子供心にもかなり苦しいトラウマとなり、それ以来母に飴を買ってということはなかった。
 
この私の扁桃腺肥大が父の転勤で、北海道に移り住んだ時、絶えず熱を出す原因となったため、母と父は相談して私の扁桃腺を取ることにしたようだった。
 
耳鼻科で手術をした後、私はすっかり元気になり、錠剤の薬を飲むのも大変だった私の喉の穴は人並みに大きくなった。
 
多分何でも食べられたのだと思うが、母は飴を私に買い与えることはなかった。
私も、何となくのどの詰まったときの苦しさが忘れられず、大きな飴を食べることはなかった。
当然結婚して子供ができてからも自分が食べないこともあって、飴玉を買うことはなかったし、子供にも買ってあげることはなかった。
 
自分と同じように喉に詰まらせたらという恐怖があったからである。
 
子供が小さなうちは、親の見ていないところで食べるということは少ないが、大きくなれば友達にもらったり遊びに行った先で食べたりすることは当然あると思うのだが、私はそんなことにあまり気づいていなかったのだと思う。
子供が大きな飴を食べているなど夢にも思っていなかった。
 
娘が小学生のころ、大きな飴玉を持って帰ってきたことがあった。
「どうしたのそれ?」私が聞くと娘は「お友達にもらったの」と答え食べようとする。
私が「のどに引っ掛けたら大変だからやめたら?」と言うと
「そんなことあるわけないでしょ。今までだって一度もないんだから」とあっさり言われてしまった。
「え? 今まで?」知らないところで食べていたってこと? 間の抜けた話だが、私は少しもそんなことに気づかなかったという事実になんだか拍子抜けして、何十年も抱えていた心の奥のおもりがプチンと切れて落ちたような気がしたのだった。
 
急に今まで食べられなかったあのきれいな大きな飴玉が食べたくなってしまった。
 
母のところに行くときに、駅のお菓子屋さんで昔からある大きなビー玉のような飴玉を見つけたとき、思わず手に取っていた。
なんだかドキドキした。
母のところについて飴玉を取り出すと、案の定母は、「そんなのどの引っ掛けるようなもの買ってきたの?」と言い出した。
「大丈夫よ。もう子供じゃないんだし」と私はそのきれいな紫色の飴玉を口に入れる。
ほっぺたがぽこっとふくらむ感覚と甘くてかたい感触が口の中に広がる。
「おいしい」
私がそう言うと、母はなんだかほっとしたような、うれしそうな複雑な目をして微笑んだのだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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