赤い靴履いてたら転けた
【8月開講/東京・福岡・全国通信対応】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《初回振替講座有》
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記事:ひ〜ひ(ライティング・ゼミ)
「怖い。どうしても、怖い。似合わなかったらどうしよう。飽きたらどうしよう。耐久性はどうなんだろう。サイズはほんとにあってるのかな? 服との相性はどうだ? コストパフォーマンスは? そもそも今、オレおちついて判断できてる?」
散々悩んで買った赤いスニーカー。購入してわずか10分で無用の長物と化した。なんと情けないことだろう。サイズが合っていなかった。
「そんなの、取り替えてもらえばいいじゃん」
と、お思いだろう。
いや、緊急事態だったのだ。サンダルの鼻緒が切れて、急遽、靴を買わなければならなかった。オレは迷いに迷った。すぐにその靴を履いて出なければならない状況も、事態を悪化させた。
「袋、いらないです。すぐに履いていきますから」
私のこの一言が悪夢の始まりだった。履き始めて3分ほどはまだ良かったのだ。話題のスニーカーである。カンガルーの皮でつくられたしなやかな革は足の甲に無駄なくフィットし、絶妙な一体感を生み出している。手作業で誂えたというしなやかに形を変えるソールは、地面の起伏を的確に足裏に伝え、噂に違わぬ履き心地を楽しませてくれていた。
だがそれは、1階までのエスカレータを下り終え、街中へと1歩、大きく足を踏み出すまでの話しだった。そう。大きく足を踏み出した瞬間から、あってはならない異質の感覚が芽生えはじめたのだ。
それは、右足の踵からやってきた。人間の足は微妙に左右の形や大きさが違う。私の場合は、右が28.0センチ、左が27.5センチ。右足の方が5ミリばかり大きい。右足の踵からやってきたそれは、真っ黒い暗雲となって私の心を支配しはじめた。
「やってしまったか?」
まさかの違和感に緊張が走る。右足が地面に接地するたびに痛みが走る。
「いやいや、買ったばかりだろ。この足にまだ馴染んでいないだけだろう」
そう自分に言い聞かせている間にも、徐々に歩くスピードは遅くなっていく。
「そうだ、きっと靴紐を締めすぎているんだ」
いちゃつくカップルを横目にどっかとベンチに腰を下ろし、微調整を試みる。
立ち上がって再び歩く。しかし、幾ら調整しても思うように刺激は治まってくれない。さらにマズいことに靴の中で足を軽くずらすだけで、指先に痛みが走り始める。やばい、歩行さえもままならなくなってきた。焦りばかりが募っていく。
決断のときは迫っていた。一刻も早く店舗に戻って大きいサイズと変えてもらわなければならない。まだ100メートルと歩いてはいないはずだ。優しい女性店員だった。うまく話しを進めれば、きっとサイズ違いで取り替えてはもらえるはずだ。
しかし、その淡い期待は露と消え去った。苦しみながら店に戻り、現状を訴えてみるも、ほんの10分ほど前まであんなに優しく応対してくれた若い女性店員の頬は、見る間に引きつり、硬直していった。そうなのだ。私は素足に履いてしまっていたのだ。さらに悪いことにはすでに靴底が汚れてしまってもいた。そうして私は、彼女の形式的なご挨拶の言葉とお辞儀に促され、店外へと追い出された。
なんという挫折感。やりきれない思い。財布が軽くなったうえ、手元(足元?)に残ったのはサイズの合わない靴。しかも、私を苦しめるに十分な、見るからに存在感たっぷりの真っ赤な靴だ。なぜこんなことになってしまったのか。
確かに、私はかなり焦っていた。魅力的な女性たちに会えるイベントの開始時間が刻一刻と迫っていたのである。そのとき、私は明らかにいつもの精神状態ではなかった。考えるべき要素は混乱し、冷静な判断を下すための理性的な左脳の活動は完全に停止していた。その状況での衝動的な決断が、俺の人生を狂わせることになってしまったのだ。
どうもこのところ、私の考えは頻繁かつ簡単に、何かの薄いヴェールに包まれてしまう機会が多くなっている。料理をつくるときも、写真を撮るときも、文章を書くときも。それは真実を観る眼を曇らせ、あらぬ方向へと私を導く。どこかに、この薄いヴェールをそっと取り払い、真実へと導いてくれる良いクスリはないものか。
思えば、真実の姿を見極めようとあらゆる哲学者・科学者が、人々の瞳に被せられたヴェールと格闘し、1枚また1枚とはぎ取ってきた。コペルニクスの天動説しかり、ニュートンの万有引力しかり、アインシュタインの相対性理論しかり。
しかし、偉大な科学者たちがどんなに人々の瞳からヴェールをはぎ取ろうと、私たち自身が自分にかぶせてしまうこの薄いヴェールは試行錯誤というクスリによってしか取り払うことはできないようだ。なぜならそれは、私たちが常識としてすでに無意識に受け入れてしまっている強固な思考の枠組みそのものであるからだ。
だが、わずかな希望はある。
とある国のとある街に、人生を変えるライティングを教える教室があるという。
それは、どんな状況でも間違った判断をしない冷静な判断力を身につけるための教室か。はたまた、靴屋の店員を言いくるめる絶妙な話術を教えてくれる教室か。
いまの私に、それを知る術はない。人生を変えるライティング。完璧にマスターしたとしても、きっと私は赤い靴の失敗を繰り返すだろう。だってそれはただの「ポカ」なのだから。ただ、そんな失敗より大切なことをそこでは教えてもらえるようにも思う。
それは、自分の運命を発見する教室であるかも知れないということだ。もっと簡単にいえば、失敗を運命として受け入れ、それを笑い話にする勇気を持つことで、人生を切り開く術を教えてくれる教室かもしれないということ。
その教室に関わることで、赤い靴が違う色に見える日が、いつか訪れるのかも知れない。
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